白馬会画評(三)

  • 澱橋生
  • 読売新聞
  • 1910(明治43)/06/01
  • 5
  • 展評

二作家の洋行土産
中央部の壮観は半ば藤島武二、湯浅一郎両氏の洋行土産に依りて寄与されて居る。周囲が大体に於て同一調子の処を両氏のは破つて此に変化を現はし、其画の心持も自から奇抜な活々としたところが目立つて感じられる。
藤島氏は「滞欧スケツチ」廿七点。筆も色も強く鮮かで落筆奇抜の趣あるところ、近年見た画家の洋行スケツチ中では正に出色である。種々に雲を見せたる辺りも面白く(三四四)と(三六二)とは其中でも佳いと思つた。総じて色の配合とシンメトリカルに装飾的趣向を有つて居るところは作歌の趣味として拝見致した。唯だ洋行前には何かしら人物画を見せて居た氏とて、風景のスケツチ丈なるを物足ず思つたは独り評者計でもあるまい
湯浅一郎氏のは藤島氏の巴里仕込に対してスペイン好みの画風と作家の性格とを水彩画と油画とに発揮し両々偉観を競つて居る。氏は洋行前も摯実な、色は寧ろ強烈の画をかいて居たが、西班牙に遊びては土地柄益々其好む所の色彩を発揮し「アルカサル宮殿」以下十一点の水彩画は何となく西班牙らしい感じを与て居た 油画の九点中「読書」と「休息」とは同一モデルのようであるが、他の人物と共に顔に活動があつてよく、「村娘」の如きは其顔、其衣の色彩等熱血性の西班牙人の性格が巧みに表はされて居た。「公園」と変つた描法にて卒筆の間に萬象の活動を示し又頗る詩趣に富んで居た
此外洋行中の画にては南薫造氏の「ワルタムの古寺」其他数点あるが、薄く弱く余り注目を惹かなかつた。
参考室
毎年の展覧会にも参考室はある。唯だ夫れ此れが今回の特色を為す所以は湯浅一郎氏模写の「ヴエラスケス」筆「官女」と「織女」とがあればである。此等有名なる原画を氏が非常の精力と努力とを以て原画と同一の大きさに、原画と殆んど別ち難きまでに入念に模写してあるので足未だマドリツドの美術館に入らざるものは之を見て偉大なる原作家の筆に憧憬することが出来る。而して氏が此程まで親切なる模写を遂げしことは芸術界の記憶を価すべきである。此外「メニツポ」「エソツポ」両像の模写とヴエラスケスの肖像画なるものが如何に偉力を帯べるやを知らしめて居る
藤島武二氏模写のシヤヴアンヌ筆「壁画の一部」は其の大まかな着筆の工合が見えて面白く。コランの「木炭草画」は画として味深く又此大家の研究画として画界の為めに頗る有益のものであつた。故山本芳翠氏の「天童」「静物」「罌粟の花」は我邦洋画史上の或る時を代表せし作品なると、其綿密なる上に當時早く明快の色を帯しこととが注意す可きであつた。(完、澱橋生)

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