白馬会展覧会を観て(二)

  • アイ生
  • 東京毎日新聞
  • 1910(明治43)/05/22
  • 1
  • 展評

△票にしても七百近い作品は、到底一日で細かには見られまい、中途で頭がギンギンして来る、西洋画は日本画よりも見て疲労を覚へるのは事実だ、余計な申條だが来年あたりは相似た様なものを沢山並べるよりも、よくよく篩にかけて撰抜したものを百点内外の極小数の展覧を行つたら、観る人も出品者もうれしい事と思ふが、幹部の人々も振つて此の挙に出て貰いたい
△大急ぎで通覧したのみだが、兎も角頭に浮むだ事だけを左に云ふて見る、青山氏の作で男女数名のアイヌが爐辺に酒を汲で相興楽して居る大幅がある、身体のフリ合や焚火を中心としての光の説明などに少しの欠点はあるが、場中の佳作たるを失ない、思ふに前年前々年あたりの文展に此の作が出品されたら、定めて評判の中心となつたらうに、時期を逸したので惜い事をした
△熊谷氏の作で、前年評判のみで文部省展覧会に出なかつた轢死婦人の図がある、氏一流の暗い絵で、其の暗中の調子が甚だ巧だ、氏が常に此の方面に発展して行かんとするのは、よく自家の本領を悟つた人だ、敬すべき次第である
△中沢弘光氏の努力は驚嘆すべきものである、年々の文部省及び白馬会展覧会の開会に際して、清新高雅なる思想を微妙洒脱なる筆端に揮灑し、真面目なる研究的態度を失はざる氏の作品に接しない事はない、昨年の文展には二等賞を得たる思ひでの図を出したが、今回も猶佳作十数点を出陳して居る、氏が努力より生ずる芸術的効果は真に世に推奨するに値あるものがあると思ふ
△伝聞に依れば、氏が研究時代の困苦は名状すべからざるものがあり、其の刻苦精励は中村不折氏と共に西洋画家の双璧である相だ、説く人多く和田三造氏の、花々しき若き芸術家の理想めいた、今日の境涯を伝ふるも和田氏は比較的順潮であつた、之れと比較も出来ぬ困苦の中に、天賦の才を抱いて遂に今日あるを得た中沢氏を説くものがない
△氏は未だ足を海外に出さぬが、政府から金を貰つて泰西の巨匠に親近して来た人よりも上手だ、洋行する事が必然技の上達を意味しはせぬと云ふ事は誰れも云ふが、しかし行つて見なければ解らぬ、氏は洋行に就いて何等の考案を持つか知らぬけれど、世の具眼者美術愛好家又は金の沢山ある人は、意思強き才ある氏をして芸苑の花香しき彼の天地に遊ばせたいと思ふ心はないか

前の記事
次の記事
to page top