白馬会展覧会

  • 篆隷子
  • 東京朝日新聞
  • 1909(明治42)/04/22
  • 6
  • 展評

△白馬会展覧会が赤坂溜池の三会堂で開かれた大家連は文部省 の出品製作に忙しく此処へ出たのは若手の製作ばかりと聞い たが却て其方が面白からうと思つて観に行く
△入ると直眼に着いたのが三 宅克己氏の「木下陰」鬱蒼たる森林を後にして水成岩に囲 まれた清冽の水が滾々として流れてゐる彼方には破屋が一家あり黄味を帯 んだ緑葉の輝きが非常に美しい色調の高い作品である、柴田節蔵氏 の「シヤンル」は珍品で描かれた卵が浮いて見える石川氏と同一の 筆法でお手に入つたもの
△辻丸次郎氏の「春の日」は丸之内の洋館を描いたもの、建築物も空も能く描けてゐるが道路が拙い、八條弥吉氏の「奥の大洗」は調子が温かと云ふよりは寧ろ熱くて一種のブライトネスが 現れてゐる本間国雄氏の冬の夕も面白く寒林枯木雪中に黒く 雪は灰色を帯んで調子が一帯に淋しく暗く遠林遠山に殊に可 い
△田口真作氏のお手富貴、李岸氏の「停琴」一寸眼を惹いた李氏 は支那人である其作は必ずしも佳作ではないが縹渺たる神韻の浮動してゐる所は面白いロマンテイツクで音楽的の響を持たさうとしたものらしい、太田 三郎氏の「雨ふる日」は芭蕉青き板塀外を雨傘の人が通る俳句的の寂味を画いたもので其特色は日本画式の所にある
△岡田三郎助 氏の「女肖像」三つながら眼を惹いたが青葉を背の女は纏つているが平凡 だ中央の椅子に凭り懸つてゐるは写真的で下部が過大に失し てゐるが其眼には力がある、渡辺省三氏の「白壁」も傑出したもので並んだ家 の白壁が裏の涼水に映じてゐる所色調よく枯蕭の感を起さ せる、柳敬助氏の「労働者」はペインフルな表情がよく現れてゐて頗る力の強い作だ九里四郎氏の「ひざまづける女」も一寸チヤーミングだ夫れは着物 がよく描けてゐる従つて肉附も
△山形駒太郎氏の「川口」と題する石川島の風景画は頗る振つてゐる船と船の前の波は甚だしく巧く画け明暗の点に於ては申分がないがプロスペクヂーヴの点に於て欠点 がある造船所の建物は甚だ拙い、栗原氏の「月島の夕」は崇美を捉へて描いたもので金色の輝き朧の白帆頗るチヤアミングである欠点は あつても構はぬ斯う云ふ試みは面白い中村不折氏の印度洋によく似て 力のある作だ
△跡見泰氏の「冬の日」は枯林を描いて日光の鈍 さを現はしたもので全面にダルネスが漂ようてゐる佳品だ、橋本邦助氏の「朝の山 」も傑作で下半に欠点はあるが上半の三原山と雲とは巧く描 けてゐる、小林鐘吉氏の「蘆の湖の雲」も淋し味の現れた暗い製作 品だ、郡司卯之助氏の「秋」は繊細なバアセキユーシヨンで人を驚かしめる
△黒田氏の作は皆スケツチで一向感心しない中沢弘光氏の「松葉かく乙女 」は強い光線を描くことが主眼で、白熱の力と燦爛の光 とが観る者の眼と心とを襲ふ欠点は無論多いがその『力』を感ぜずに は居れぬイムプレツシヨンスチツク、テンデンシイの現れた所御當人恐らく大得意であろう(篆隷 子)

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