白馬会の評判(三)

  • 白衣子
  • 国民新聞
  • 1907(明治40)/10/24
  • 6
  • 展評

中沢弘光の水彩で「伊香保温泉の石階」は少し色は強過るが一種の野趣が有る「中禅寺湖 畔」は岩の色が少し目立つが背景の山の紅葉の褪せた紫ばんだ色は如何にも好い顔のスケツチの中では女の色を楽に描いて筆数も少なく軽く描いた所に技倆が有る
第四室の「花」(橋本邦助)は描き方が面白く軽く出来てゐるので一寸目を牽くが背後の色がコローム染みてゐるのが厭だ
「上総御宿村の海岸」(森岡柳蔵)は細かい研究の画で「上総岩田の岬」と比べると後者の方が 面白い前者は雲に苦心の痕が有るが草の緑が少し強過ぎ家 が小いさ過ぎる後者は波の細かい一つ一つに日光の射した感じが余程好く出てゐる
「寧楽」(加藤静児)は気持の好い画だ色に一種の特色が有る他 の風景は拙い
「習作」は小品の可憐なもので同じ人の他の習作 に比べると一寸可愛らしいので誰でも此の方を褒る様だが小品 の方は鼻の中心から考へると顔が少しく歪んで見えるし著物の色 を落し過ぎたので顔が少し飛び出す様な気がする無論描法の大まかな 軽い所は面白いが他の方は色で成効してゐる長い顔に高島田が長い顔を一層長く見せてゐる欠点は有つても顔から衣服に日光の射した温かい感じは充分である唯今少し容色の好いのを描たらばと つくづく惜しい
「朝凪」(山本森之助)「夕月」は場内の大作且つ傑作であるが「朝凪」の方は大 きい上に朝日と云ふ極難な所を描いた丈多少の欠点がある一寸 見た所では何所に太陽が有つて海が彼の様に光るのが判断 に苦しむ松の辺にあるを見れば松の葉か光りを被つて光りに溶けて居 るし上にあるとすれば彼程水は光らない筈だ然し松の形を正直に描 いたのや松の葉の調子の研究などは中々好い夕月の方は難が少ないが其の代り人を惹き付ける感じが足らず其上画の大さから見て月 の形が少し小さ過ぎる
「奈良の杉」(跡見泰)「庭の月影」は落付た画だが骨折の割に注目を惹かぬのは損だ大きな葉の一つ一つの色と調子を此位忠実に研究したものは少ない
「嵐の後」(小林鍾吉)は水の色に変化が乏しいのと少 し寒色を使ひ過ぎたのが批難の一つだ小品の「諏訪湖の朝と夕」は色に特色が有るが殊に夕景の方が渋い「曇天の犬吠埼」は瀟洒なスケツチだ
「霧の裸体美人」(中山 弘光)は場中の大作で中沢氏従来の作に比しても大作である一種神秘的な趣があつて顔の寂しい所に湿つぽい感じが表はれてゐる形は少 しいぢけた姿勢だが薄い巾や人物の描法は軽いもので色も全体に 能く包まれてゐるが氏特有な華やかな色彩の無かつたのは如何にも口惜しい背景 の霧の色の少し紫過ぎたのと顔の暗過ぎたのと膝から下の紫過ぎたのが些か気になる外に同じ人の「塩原の景」「杉の木立」「春日社頭」の中では「塩原の 景」が最も好い
「春日社頭」は呼吸がつまる様な苦しい画だ
「杉の木立」は日の射した具 合が少し要領を得ない然し「塩原」の画では水が少しく細か過ぎて 全体の調子を破つてゐる外に雨の日とか水面とか云ふ女の画な どが有るが人物と着衣とが一つで堅苦しいものが多い
全体通り過ぎた感じは毎年―白馬会一流の柔かい薄い調子が少なくなつて強い感じを顕はさうとあせつて居る画が多い之が二三年の中にはどう変化して行 ものやら(完)

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