白馬会の回顧(二)

  • 黒田清輝(談)
  • 都新聞
  • 1905(明治38)/10/31
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△交際に益した旅行
其外臨時に少くて四五人集つて一所に旅行する事があるんです、是は決つた事でなし真の思ひ附で行かないかと云ふ事 で出掛けて行くのです此又旅行が余程友達の交際に益してる事 が多いだらうと思ふのは言はゞ師匠株の人も弟子株の人も居ますけれども其隔 もなく汚い宿屋などに夜具を引張りあつたり共寝したりしてやるのです、其旅行ハ度々やりましたけれど一番重なる事を挙げて見ると上総の大原といふ所へエート二度許り行きました、其れから私ハ大原の方に加つたけれども二組 に分れ一組の方ハ矢口の渡しの田舎家を借りて其処に暫く陣取 つて居た事もあるんです、それから大磯にも行きました、大磯でハ松林館といふ所に、箱根にも行きました、前後箱根にハ三度許り五六年の間に……、それから江の 浦に一回と静浦に一回、筑波山にも一回、それから軽井沢の方か ら霧積の方へ廻つた事がある、其外二三人宛の群りでハ方々へ行 つた時もある、房州の白浜辺へ行つた事もあります、それから彼の百草園か ら府中に一晩泊つて鞠子の方から歩いて帰つた事があつた、それから潮来出島へ行つた事もある、如其いふやうな旅行ハ中にハ会員許りでなく気の合つ た親友の仲間ハ二三人位ハ余り関係ない人も交つてるのですけれども暢気な連中で貧乏たらしいやうな如其かと思ふと酒など飲んだりするやうな事もやるので す、其時に未だ何から東京から杉田の梅を見て金沢に泊つて帰 りに鎌倉の方を廻つて帰つた事があります、重な事ハ斯んな位で外 のチヨイチヨイしたのハ思い出せん位です
△不思議な日本の油画
私共帰りたてに日本でやつてる油画といふのハ一二の外国などで学んで来た人の巧い 画もありましたけれども其外の画ハ大抵何です非常に何うも古い時代の油画 を真似てやつて居るやうに感じたんです、それで実に不思議な感が起つたのは日本 の空気の総て鮮やかな明かに物が見えるやうな所であつて其出来たも のハ是の反対の如何にも欧羅巴の北の方の暗い光線の所で画 いたやうな感じがあります、欧羅巴の北の方の空気の暗いといふのハ幾らか奥深 い感じがあります、靄のかゝつた空気に富んで居るんですね、それで何うも先づ画の 巧拙は別として欧羅巴の如其いふ所で出来た画を見て而して其彼地で出来たのハ佳いものハ自然の土地柄に依つて中々能く自然を写し てあるのですけれども是は自然を知らずして上部丈を拙く真似たのではないかといふ気持 がしたのです

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