白馬会展覧会所見(上)

  • 時事新報
  • 1904(明治37)/10/12
  • 6
  • 展評

同会は此程から第九回展覧会を上野公園第五号館内 に開いて居る衆画の内目に留つたものだけを記して見やう
△和田三造氏の 画「静物」と題してコツプに紅白の芙蓉二三輪を挿んだのは如何にも善 く此花の真を写し得たものと思ふ水揚げ兼ねて萼の少しく垂れ たるあたり何とも云へぬ風姿を有つて居る次に「為朝百合」は伊豆の大島で採つたのを直に写生したものらしく是も中々佳く描いてある「大嶋婦人の肖像」も容貌風俗総て全くの写実であるが顔の赭褐色なのは 濃厚に過ぎはせぬか記者も嘗て大嶋に行つて見たことがあるが同嶋の婦人は一体に色の白い方で何程婆さんでも此様に赭黒いのは少ない「暮 の務」これも矢張り大嶋風俗を写したものだが頭上に水桶を置いて 居る婦人等の年配は未だ若いにも拘はらず同じく顔を赭褐色に 彩つてある其他牛の傍に踞つて居る男なども一体に色が黒過ぎ る
△小林鐘吉氏の「曇の海」「夕陽の海」はともに雲の色、水の 色、空気の色、何れも描き得て眼前に迫るを覚ゆる△中沢弘光氏の「海辺」は一人の船頭が船の中で足を擲出し乍ら遥か陸 上の山を眺めて居る所で図案も面白く人物の体色が善 く出来て居る惜むらくは人物の体格が労働者としては痩過ぎて弱々しく岩畳造りとは何うしても見えぬ「雛妓」は奇麗に善く出来たが背景 の紅葉は衣服の色と重複して配合が悪いではないか若し秋の景色を 見せんとならば菊畑のやうなものを見せる工夫もあつたらうに
△長原孝太郎氏の「少女は蝦茶袴の少女が教室で机の辺に立つて居る図である少女の風姿は先づ無難に出来て居る、背後の景を今少し工夫したなら ば上乗の内に入るべきものであらう又菊花は瓶の色と花の色と紅相重りて面白くない、実物の挿花ですらかゝる重複を避けるのが法であるのに況 して之を絵にするのは無念といふべきであらう
△湯浅一郎氏の「つれづれ」は浴衣着の婦 人が無聊の体で欄干に凭つて居る、風姿中々うまく出来た足下 の小説本を擲捨てた辺りから窓外の背景も皆よく整うて居る只難 を云へば垂れて居る右の足は特に女の足として骨格が変に 見えはせぬか△和田英作氏の「有るかなきかのとげ」は色彩の奇麗な為めに場中 で一番人の目を引き特に素人の見物には中々持てるやうすである図は元禄風 俗、優美な衣装着たる男女で暗に八百屋お七を意味して描い たと云ふことであるが衣服の美に重さを置いたと見え総体に図の布置が悪い 女の風姿は善いが男の容貌は丸で女のやうで弱々しく男性の 凛乎とした所が少しも無い殊に両人の上に表情と云ふものが少しもない丸で人形芝居を見るやうで只奇麗な人物が両々相対し て居るとしか見えぬ又上部に衣類やうのものを釣したのは何ういふ意味か其色彩重々しく濃厚と云ふよりは暗黒色である為めに下方との配色が悪 く見える要するに氏の作としては余り感服のできぬである「某博士肖像」 これには申分がない背景も面白くこれでこそ始めて氏が真面目の筆致を見 ることが出来た

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