上野の各展覧会 白馬会(六)

  • 国民新聞
  • 1902(明治35)/10/09
  • 4
  • 展評

藤島武二氏の『天平時代の面影』と題したる異彩を放つ大作あり未成作の由にて顔のみを天平時代に採り衣服もあしらひもすべて海外の風俗を模す高欄に立つ婦女手に立琴を携へて何事を思入るが如 く花開きたる桐の樹も塗りなされたる金泥も余りに風韻に乏しくして絵と しては余情少きを恨とす曾て黒田氏の作になりし『智情意』も背後に金 泥を塗りて其の金泥却つて絵其物を害したりと聞く『松』の小品は二面を以て一図をなすもの葉繁る老松を二面に跨りて描きて海を 覆ふが如く見ゆるは写実の極意に庶きものなるべし
岡田三郎氏の『少女』は恋 の絵なるべし少女唯一人人の去り行く跡を目送するが如く右手 に胸を抑え左手にしたる一輪の白薔薇を思はず取落として尚ほ心を奪 はれつゝあり悲しみの恋とせんには其表情なしゆくりなく人を見て覚えず恍惚たりとなすべきか旅の紀念は七葉あり内『テームス河口』と『新嘉坡』をめでたしと 思ふ前者は河霧、船、煙筒の煙に昼も朧なりと云ふ倫敦の一部を写して漠たる間に深さも遠さも認むべく後者は青き空 に淡き白雲二ちざぎればかり樹二三本草は日に焼けなんとして其色黄に近し仮初 の小品なれども南亜細亜の熱帯に近き風景を描きて絵に対するさへ日の照りつゝる心地す
三宅克巳氏の水彩画は十八葉鮮かなる描法な り殆ど総て雲を写さんとするものゝ如く『セイヌ河畔の冬』巴理市中の風物 より『角筈村夏の午後』に至るまで挙げて雲の色と形とに全力を盡くしたり殊に最も好もしきは『ノートルダムの雨後』にして古城荒れたるあたり雨後の雲のたゝずまひの美しき氏が我邦水彩画界に在つて覇を振ひ水彩画の気運を一転して正に成功に近からんとするも偶然にあらず水彩画 のこと油絵に比して事容易なるが如しと雖も斯くの如き絵をなし斯くの如 く観者を率引するは蓋し尋常の手腕よりなれるにあらず
黒田清輝氏は小品 六点の出品に過ぎずして海と題したるもの四面他に『花』と『林』 とあり方一尺に足らざる大さなれども軽かなる中に尚ほ黙会せざるべからざる風韻 を存す『海』の中にては二百六十九号の曇天を最も優れたりと覚ふ日 の光微かに海にわたりて船一つ空と水との境を別け得ざる巧なる描 きかたは場中他に比すべきものなし鉛筆画なれども『湖』と題したるあり湖心に向つて何の思ふところかある水畔他に人無くして唯だ一人の女あり小説 を絵にしたりやと見ゆパステル画の『雪』亦た風情あり

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