上野の各展覧会 白馬会(五)

  • 国民新聞
  • 1902(明治35)/10/08
  • 4
  • 展評

中丸精十郎氏は十九点の出品あり旅行紀念の海外風景十種ばかりいづれ優 り劣りはなきやうなれども中にも『杉木立』が最も好と思ひぬ杉の立木の間に細き道一筋ありて先は阪になり今しも行人二人下り行 かんとす日は午を過ぐる二三時の頃ならんか遠く見下す丘は淡く罩められ て幽陰の気転た迫るものあり日光を受けざる杉の幹と叢よりも遠 き空の色めでたしと見たり
和田英作氏に同じ様したる婦人の絵二葉あり一は『婦人 読書』と題し他は『編物』と名くいづれも同じ模型ならずやと見ゆれど絵 としては編物のかた優れたらずや薄き窓掛を透す光のはきとせぬあたりにて糸の 玉を膝に偏ら編む糸にのみ見入りたる総じて朧なる描法の愈々引立つが如し『月』と題したるも好し月光を浴びし屋根の白きと描き 出されたる空の色と靄の早や覆はんとするとは場中夜を描きし絵の中 にて之と山本氏のと最も好と思ふ草の尚ほ緑色を呈しつゝあるは 夕月なればならんか
森川松之助氏の『曇り』と『紅葉』は対幅となすべし一は春の終り かたの野道に子守女の佇む絵にして他は紅葉したる広場に掛茶屋をあ しらひたるなりいづれを好と問はゞ紅葉の紅きに日影さして樹の影落葉天も地も 悉く紅葉したるが如く見ゆるを優れたりとせん
小林萬吾氏に『波』四面あり最も大なるは波の勢よく描かれたれども布置より見れば百一号の小きを最も絵に叶ひたりとなすを得べし
中沢弘光氏の『箱根の山駕篭』は大なる絵にて駕手 の煙草喫ひつゝ息む傍に茶屋女二人の在るなり茶屋のかゝり稍々明瞭 を欠き後向の女は好けれども立ちたるはいかゞ又駕手の足浮きて見 ゆ瀧も余に近く岩の上に咲く白百合は三人の頭上に咲出しかとも怪しまる色また余りに明るく濃きの嫌あり氏の水彩画また同じ凡て華やかなる描法にして目覚むれども余情に乏し寧ろ三百六十号の小品 に面白き想あり
湯浅一郎氏には濃き明るき絵多く又最も異彩 を放つ新形式に富む『葵橋の雨』は柳よりも濡れそぼちたる客待車などに手腕を見るべく『燈火読書』は美術学校展覧会にても見たりと 覚ゆ
山本森之助氏の『琉球首里の夕月』も場中の逸品たるべし古き門 の中を描きて塀の彼方には鬱としたる立木あり鶏二羽餌をあさりて門 は半開く晴れたる空に小き月一つ今しも淡き白き雲より洩出 しなり寂として人語なきやうなる境夜の幕の漸く垂れ来らんとする趣の見ゆと言はんも強ち過賞の辞にあらざるべし

前の記事
次の記事
to page top