白馬会画評の殿り(三)

  • 渦外山人
  • 毎日新聞
  • 1898(明治31)/12/01
  • 1
  • 展評

長原孝太郎君の肖像は洋学の率先者たる神田翁の温厚なる風采を写すに親切 なる描法を以てしたるなれば翁を知りたる者にとりては何ともいへぬ感懐を 起さしむ、ありふれたる写真的肖像の類にはあらで、たゞ形を写すに止まらず能 く其人の性格を発揮したる作なり但し位置の上よりは顔の部分やゝ 下に寄りて上部の余地が額面の大さに比べて広すぎるといふ難を免れない。
久米桂一郎君の草原に農夫の立てる図は暮あひのさまは空の色や遠樹の調子よりも寧 ろ前景の細草と地面により写されたるを覚ふ詳密な筆を用ゐて全 体の調和を失はぬところが妙なり。同じ人の作にてわが面白く見たる は遠景に富士ある海辺の景なり色もかき方も極めて細かに且鮮明なるがさりとてきわ立ちて眼 にさわることなし兎角洋画は陰陽濃淡の調を劇しくして物のさまの目立つやうなや り方が多いが白馬会の画は斯る法によらぬものと見へ我々日本人の眼 には至極穏やかでいゝ取り分け此画は淡泊なる調子に加へてよく日本の透明なる空気中のさまを画いて居る此風は今日修業中の技芸家には強 て勧むたきにあらざれど日本に於ける洋画は日本の空気に適したるものならでは賞し難し。
小代為重君の船の図は軽き筆にて苦もなく出来たところがいゝ硝子窓の側に立てる婦人の図は小品なれど味あり色もさつぱりとして人物の姿勢にも活動せるところありされど窓の外なる樹木に赤黄色のものあるは花か実か説明の欠けたるを覚ふ
メリ、カセツト氏 の小児を抱ける女は親子の情合よくあらはれたる画にて筆つかひの老練なること二三の線に て指の趣を写したるなど感服だ併し背面の草に射したる陽光の 色が淡き故に日とは思はれずたゝ白き草が青き草に雜りて生へたる如く夏の日影の趣不充分なり。
安藤仲太郎君の夕暮の海は空と水との釣合よく夕なぎのさま心地よし座敷より見たる河原の図は前景に藤棚を出したる趣向は日本風 なれど日本画の如き遠近の別を誤ることなく洋画には珍らしき図柄の 作なり色が少し淡過ぎたるが欠点ならんか。
中村勝治郎君の作にては農家の図は配置 もよく動物も趣を添へたれど物の形明かならぬ所あり。
小西正太郎君の川畔の夕景の図は小なれども広き景色の趣が見へてよく中景の木立と 遠山を隔てたる夕空の釣合もたしかである。

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