白馬会展覧会を観る(二)

  • 湖人
  • 東京朝日新聞
  • 1898(明治31)/10/12
  • 3
  • 展評

入口の正面に飾りたるハ和田英作氏の画なり此人好みて富士山を研究 したりと見え富士山及び附近の景色画合して十二枚あり皆な観るべし就中向て左の方に掲げたる「富士」ハ天際縹渺たる処山遠く波白き処優容迫らざるの趣ありて面白し之れと併たる「美人」の図も位 置着色共に上出来と評すべし但品格の高からざるハモデルを花柳社会に取りし為か広瀬勝平氏の海岸の「月」図ハ至て少なれども風韻あり白耳義人ヰツマン氏の「牡丹」ハ光線の花弁又ハ葉に映ずる所用意 の細かなるを見且つ花の乱繚たる所実物に対するが如し一言以 て之を蔽へバ底力ある画と云ふべし同氏の「月夜村落」の景亦太 だ佳宛如たるバアーンス詩中のもの黒田清輝氏の「富士」ハ逗子あたりより眺めたる景 ならん山の遇合太だよし「婦人」のシヨールを纏て野中に在る図も面白し安藤仲太郎氏の雪景ハ真に雪景らし此人素画名あり而かも今回の出品に人目を愕かすに足るべきものなきハ惜むべし久米桂一郎氏も夙に画名ある人而かも「田夫」鋤を担う図の観るべきのみなるハこれも亦た惜むべしコリエツト 氏の「母児」ハ小児睡より覚めて如何にもあどけ無き顔したる所面白し母 ハ母たるの情現はれざるが如し長原孝太郎氏の「秋日田家」の光景ハ田舎 らしき光景と秋穫のさまと心ある人をして歩を留めしむるに足る此人元来風 刺画に長ず余ハ今回の会に之を見ること克はざるを遺憾 とすラフアエル、コラン氏の「半裸体の美人」と「田舎女」とハ画に苦なき所大家 の風骨ありと云べし藤島武氏の「夏の海岸」の図ハあつあつしき所目にちらつ くやうにてよし湯浅一郎氏の「小児」」海岸を眺むる図も趣深し北連蔵氏の「葬送」の図ハ未成品なれバ評し難きもこ画題人の意表に出で且婦人と小児とが悲みに沈める模様頗る巧にスケツチされたり
以上ハ場中に於て観るに足るべきもの若しくハ稍画らしきものを挙げたるのみ若夫れ孰れを以て場中の白眉を為すかと云ふに至りてハ余ハ黒田氏の「村女樹陰に横臥」するの図を以て之に答へんと欲す此図や樹と云ひ其蔭と云ひ 草と云ひ村女の体格と光線の樹の間より漏れ来る処と云 ひ申分あること無し「昔語」に愕く輩とハ此図を談じ難し
今回の出品中画界の大なるものハ小督を始めとして小林萬吾氏の「農夫帰家」の図原田竹二郎氏の「少女毛糸を編む」図小児釣より帰る図ヰツマン氏 の「牡丹」の図白瀧幾之助氏の「樵夫」の図北連蔵氏の「葬送」のスケツチ等あり と雖も比較的に観るべきハ「昔語」「牡丹」「葬送」のみ蓋し画ハ 大なるを以て貴しとせず巧みなるを以て貴しとす画家諸公ゆめ此心 を失ふ可らず
以上ハ去八日に於ける一回の観察のみ見落したる好画あるやも知れず近日更らに第二回の観察に出掛けんか

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