蛍光X線分析データ

現在、絵画や彫刻の彩色材料の調査には多くの分析化学的手法が適用されているが、その中でも中心的手法として用いられているのが蛍光X線分析法である。今回の調査では、重量が約2kg のハンドヘルド蛍光X線分析装置(BRUKER(株)S1-Turbo)を使用した。小型のリチウムイオンバッテリーだけで数時間の分析が可能で、本体に取り付けたパームトップパソコンだけで機器の制御やデータ解析を行うことができる。機器の先端から直径6mm 程度に絞り込んだX線を発射し、作品の所定の位置に照射する。X線が当たった箇所では、そこに存在している元素とX線との相互作用が生じ、元素に応じた二次的なX線(蛍光X線)が発生する。この蛍光X線を機器先端に配置してある検出器で検出することで、分析した箇所の元素の種類と存在量を求める調査手法である。

絵画の彩色材料は、無機化合物を主体とする「顔料」と、有機化合物主体の「染料」に大別して考えることができるが、蛍光X線分析で検出できるのは主として顔料だけである。空気中で蛍光X線分析を行う場合、窒素や酸素の影響で軽元素を検出することができず、染料の存在を確認することは難しい。蛍光X線分析は元素分析法であり、彩色材料そのものを特定できるわけではない。彩色材料を構成している元素を、その存在量に応じて検出できるだけである。例えば、緑青や群青を分析した場合、ともに銅が検出されるだけで、その分析結果だけからはいずれの顔料が使われているのかを判断することはできない。鉛白と鉛丹についても同様で、ともに鉛が検出されるだけである。また、蛍光X線分析では数十~数百ミクロン程度の深さまでの分析が行われる。このため、重ね塗りなどが行われている箇所では、上層および下層の材料の両方が検出され、両者に含まれる元素の種類と存在量が総合された形として検出されることになるので、分析結果の解釈には十分な注意が必要である。作品中に使われている彩色材料を突き止めるためには、蛍光X線分析による元素情報と、他の調査手法によって得られる情報を総合的に解釈することが不可欠である。

分析装置:ハンドヘルド蛍光X線分析装置
     BRUKER(株)S1-Turbo
X線管球:パラジウム
管電圧・管電流:40kV・17μA
X線照射径:φ6mm程度
測定時間:1ポイント約60秒
装置ヘッド~資料間距離:約10mm

分析ポイント画像

普賢菩薩像の蛍光X線分析結果

蛍光X線強度(cps)
No.分析箇所Ca-KaFe-KaCu-KaZn-KaBr-KaAg-KaAu-LaHg-LaPb-La
010.22.46.753.2
02天蓋の花弁中央金色3.744.67.11.722.52.0189.5
03天蓋の花弁輪郭薄い黒色・白色・赤色1.615.611.27.08.9331.91266.5
04天蓋の葉薄い緑色0.98.7501.90.21.4334.1
05緑色1.626.0273.41.842.0
06画絹黒茶色3.060.340.72.125.09.120.2
07画絹 (中央幅)黒茶色3.745.235.01.413.511.03.417.6
08補絹黒茶色1.930.92.00.72.21.22.9
09画絹黒茶色1.732.66.51.06.13.80.47.3
10花弁の縁赤紫色1.145.133.50.57.18.956.8654.0
11眉間白色0.98.18.20.36.71690.8
12左頬白色1.317.49.10.69.52837.9
13右胸白色1.410.511.42.731.51666.8
14頭光の外圏帯茶色8.259.313.22.044.213.613.1
15頭光の内圏帯黒褐色4.738.228.81.519.6231.13.12.530.1
16白毫鈍い銀色0.57.910.91.534.710.11399.0
17青色3.368.5742.316.210.23.422.7
18化仏金色3.126.96.54.540.84.4196.3
19花冠茶色1.312.610.51.221.0407.6
20左眉黒色・青色・白色1.510.041.50.9871.6
21身光の内圏帯黒褐色4.132.915.21.014.397.61.70.931.8
22身光の外圏帯茶色8.662.914.00.917.723.91.345.8
23胸飾金色3.023.555.84.126.8556.3
24条帛の裏側褐色1.610.226.60.043.685.41466.7
25左腕の腕釧薄い茶色2.436.37.99.615.1884.9
26右腕の腕釧金色1.115.36.80.235.76.1940.8
27条帛の表側青色6.270.4565.66.011.014.738.41.945.8
28花文 (裳の折り返し部)緑色・金色・薄い赤色2.831.9731.20.93.411.6452.7
29裳の折り返し部緑色4.161.81112.62.01.7127.9
30右膝頭黄色2.532.441.20.411.644.3322.3
31裳の襞黄色3.68.812.70.033.058.9581.1
32裳裾白茶色1.919.16.00.02.946.3592.0
33腰帯赤色3.225.113.20.081.4633.8786.0
34蓮弁緑色5.127.81912.28.23.120.6486.5
35象の頭飾金色5.937.845.94.2110.052.5
36蓮台の蕊黄色・橙色58.017.516.56.5570.7
37蓮台の反花 (合わせ箔)薄い茶色2.828.315.917.65.017.87.3639.9
38象の口角赤色1.712.614.84.0763.9667.7
39象の牙黄茶色3.424.122.14.47.64.0351.1
40象の身体白色2.211.87.21.49.11660.6
41象の耳の先端部白色1.39.013.20.810.8969.4
42画絹黒茶色6.786.954.22.640.112.251.7
43障泥の縁橙色2.98.612.10.048.72200.1
44杏葉金色3.339.269.023.652.537.1
45杏葉金色・青色5.990.6224.94.137.882.359.1
46瓔珞灰色1.033.08.38.54.31189.0
47障泥 (内側)緑色5.355.61932.574.75.9184.4
48尻繋赤色3.122.96.779.77.4106.61232.146.5
49宝珠黒色4.029.212.60.917.49.818.0
50画絹黒茶色8.8110.271.82.643.015.03.666.4
51天蓋の葉緑色8.989.01452.820.6213.3
52天蓋の葉輪郭薄い黒色・薄い緑色4.338.4700.02.720.411.93.7432.7
53天蓋の花弁輪郭薄い黒色・白色・赤色2.018.613.53.013.0161.11622.1
54天蓋の地薄い黒茶色11.289.314.11.717.30.627.8
55画絹黒茶色10.2148.663.22.511.115.51.150.8
56瓔珞黒色10.0127.5109.24.548.943.16.244.2
57光条黒色9.6135.197.53.771.223.646.3
58光条の脇の画絹黒茶色7.391.357.42.862.312.228.4
59頭光の内圏帯黒褐色10.394.331.02.288.3149.83.42.115.8
60花冠の花文薄い灰黒色8.777.928.12.049.770.71.01.119.5
61左目の下白桃色2.513.911.73.237.52348.1
62裙の縁薄い灰赤色3.830.816.30.721.718.139.858.2427.1
63蓮台の束 蓮弁青色・金色3.9127.22043.056.16.336.0170.1
64蓮弁の模様灰黒色5.544.919.951.619.099.91123.8
65象の歯黄茶色・黒色8.259.326.995.016.541.7619.2
66蓮台の蕊白色・薄い橙色9.341.537.428.511.414.14296.7
67障泥青色・金色5.4162.82533.768.514.639.0442.7
68瓔珞黒色・水色4.723.21069.74.310.33408.4
69宝壇の地色・黒線緑色・黒色8.580.41335.67.626.3101.5
70象の尾飾灰青色・金色6.287.2607.713.81.411.838.3728.7
71花冠の菊花文金色11.068.515.82.257.527.87.012.223.6
72花冠の菊花文金色・青色3.772.11026.924.310.12.438.91.918.3
分析表画像