美術会消息

  • 萬朝報
  • 1911(明治44)/03/12
  • 1
  • 雑報

△白馬会解散につき差當り困つたのは同会の青年画家で、折角春の展覧会に出陳すべく製作した作品を、今は何処へ出す當てもなく一將功成り萬骨枯るとはひと り戦陣の上のみでないと寄寄こぼして居る、中には節を屈して東京勧業展覧会へ出さうかといふものもあるが、大多数は東條鉦太郎氏などの審査では恐れると二 の足を踏んだり

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