白馬会画評

  • 凹凸生
  • 中央新聞
  • 1910(明治43)/05/27
  • 5
  • 展評

六百余点のどえらい出品を九個室に分て巧みに陳列したが、代表的製作は概ね第五室に集つて、第六室の参考品と第四室の一部が人目を惹くばかり、会場を通観して異に感じるのは近来先輩の製作が大物(大作と云はず)に乏しくなつた事と凡ての状勢が写生共進会に傾いた事で、その現象の喜ぶべきか悲むべきかは暫く世人の判断を任せて試みに今見た所の数点を上下しやう
△伊豆湯ケ島と柿 中沢弘光
全会を通じて此二つが写生式の逸作、其捉へ来つた所が頗るよいのみならず、此作家の斯芸に忠実な点が充分画面に顕はれて嬉しく感じられる、雖然此絵が一体に日本画風で世界の洋画中他日日本産の洋画なる一派が生れはせぬかと思ふと些と妙な気持がする
△夕風と漁火 山本森之助
一は明るく一は暗く描いた大物で、どちらも悪くはないが夕風の方が一層可い、此絵は海と陸と雲と一隻の帆船とを色で見せたもので洋画家の力が或る程度まで殆んど同一だとすれば此漠然捕へ難い所を捕へ来つてものにした作家の製作は確に一頭地を抜いてゐると言つてよろしい
△滞欧紀念写生 藤島武二
此手の写生が二十七点並んでゐる、流石新帰朝者の作だけに新しい調子が見えて色彩も大陸的に能く調つてゐる、但し港湾と題した一つに就ては日外公設展覧会で二等席になつた誰かの絵と酷く似てゐると笑つた者もある由だが、これは全く遇中だから一向気にかけぬでもよい
△アルカサル宮殿外三点 湯浅一郎
余の水彩画に比べて卓越した所がある、斯うも新帰朝者の絵が異彩を放つかと思へば、老大家も亦五六年目位に洋行して頭脳の洗濯をして来たら好からうぢやないか
△婦人の肖像 黒田清輝
パステル画で、も一つ背面の裸体が出てゐるけれど、誰の肖像だか美人でもなく体格も余りよくない…これは失敬、承ればモデルに立つたのは作家の奥さんであつた由な同作の油絵も十余点出てゐるが、其中で「春の草原」と云ふ裸体美人画が一番よい
△アイヌ 青山熊治
アイヌの熊祭を描いた大物で、随分評判のある絵だが、此前岡田三郎助の描いた▲燻から割出した様な得な柄行で、表情は可なりだが、どこかに固い所がある、即ち研究中の製作と見てよからう
△轢死 熊谷守一
出品中で四百円と云ふ一番の高価を叫んでゐるが、御本尊は美人轢死の平凡な黒い絵で一向物になつて居らぬ、作家は一体どういふ了簡てこんな画題を選んだのかこんな不得要領の絵なら轢死美人の新聞雑誌を読む方が余つぽど感想が深い
△参考室 参考品にはいろいろあるが其中の織女、官女外三点湯浅一郎が有名なるブラスケス及ムリヂヨの大作を模写したものでその版笨の渡つてゐるとは云へ、原画を其侭そつくり写した作家の労を多とする、而して写生式の小図に傾いた我が洋画界の薬石に進上したい

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