今年の白馬会(一)

  • 毎日新聞
  • 1904(明治37)/10/21
  • 1
  • 展評

節は早くも秋の最中東台の下紅葉の美くしさに先立ちて丹青の 工みは数々競ひ出された、就中白馬会は西洋画同好諸氏の待 ちに待たれたるものであろう、左に半日の所観を記す、他山の石ともなり得れ ば幸実に之に越すものなしである、
例年に比して稍質素なる門を入る、油 絵のみの第一室の中で、大きさによつて先づ目に付いたのは岡野栄氏の家鳩である、 白黒の斑ある鳩後ろ向きに少女の右手に捧げたる餌に向かつて舞下りる所を書かれたもので総べて真面目な書き方ではあるが、家鳩の形、人 と後景の板塀との距離等如何かと思はれる、尚板塀の裾に咲ける秋海 棠が如何にもキチンと並び過ぎて居る、此んな事は要するに些細な事だが、総体に格別美しい感じは得られなかつた、同氏のは此と並んで赤い野菜 と云ふがあつた、此方は先づ無難であろう。郡司卯之助氏の自然八個皆殆んど等大 で、毎会中々盛んな腕前である、が何れも皆同じ書き方で、朝と夕と、山と川と題は変つて居ても、一ツも異つた感じが起らぬのは妙である、 鮮やかな色は一寸奇麗に見受けられるが、要するに婦人小児の賞賛を買 ひ得るのみであろう、次いで橋口清氏の蟲干も此室では大い方であるが 此れも何処が佳いのだか一寸解りかねる吾人は遂に此室中にて特に傑出 したる作を見出し得なかつた、小なりと雖も、伊藤直和氏の霜月の半ば、夕景の親切 なると市川誠一氏の静物の着実なるを取らざるを得ない、霜月の半ば、溝川を斜に、枯葉残りたる木一二本、弱き日の堤の枯草にさせる良く写されたり、夕景は、暮色を背におひし玉垣付きたる暮塔の画なのである、前面草少し明る過ぎたる恨 みはあれど絵の取り方大に佳し、尚同氏の森の端も其の取り方の面白味は中々に捨て難いと思ふ。
第二室に入る同じく油絵、第一室に比して一層の花々しさである、榎本彦氏の、夕暮の松原、松葉掻女、洩れ日など皆、鎌倉 あたり、海岸で書かれたものらしい此三枚は取立てゝ云ふべき箇所のあるではないが、皆真面 目な穏かな描方である、其内夕べの色に包まれたる松原の間を松葉掻の女歩めるが最も無難の作だろう、絵の番号につれて観つゝ行く、此 の次四五枚は残念乍ら記憶して居ない

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