先づ会場を見渡した所で、大体に付いて、かずかず言ひたいこともあるが、暫く後に譲つ て、是れから個人の製作に付いて、所見を記すことにする
△出口清三郎筆『百度詣』　歳若き婦人 が、なにか願掛でもあつて、お百度を踏むで居るといふ、ちよつと思付の画材。作者に取つては随分出 精の作であるらしいが、全体の上から見て、何うも感服とはいはれない。欠点の重なるものをいへば、婦人自身の感想が十分表現されて居ないことで、何ンだかのつそり立つて居て、菊 の花でも弄つて居るかのやうに思はれる。敬虔の念、立願の熱誠、自己を没却する底の境涯。自分はこれらの要状を、斯ういふ画面には、幾分か深めに表現して見たいと思ふのである。作者の考は何うであらうか。婦人の着て居る中形の浴衣は、瀬戸物其侭。顔や手足もまだまだといふの外はない
△岡吉枝筆『水辺の家屋』　同氏の作品の中で は、先づ是れが佳作。位置や描法なども、ちよつと面白く感じられないでもないが、何ンだか色の遣方が足らないかと思ふ。殊に日の映つて居る赤い黄い色が、変化に乏しい。比較的には、是れよりも今一ツの砂 原に松の二三本ある画の方が、あつさりと出来てをる
△赤松麟作筆『夜汽車』　画材の大きい 点からいへば、場内第一の作である。巧拙は暫く措いて、兎も角も斯ういふ大作に指を染めら れた作者の勇気には、敬服の外はない。画題の選択からいつても、疾く人の心付いて居りながら、未だ 筆に上せたことのない汽車の中の光景。複雑なる個々の情態を写して見やうといふ着想は、 頗る斬新奇警で、殊に自分の同意を表する所である。一般の注意も先づは行届いて、描法や、布 置や、明暗や、着色や、孰れも苦心の跡が歴々として見えて居る。併しもし自分をして仔細に評せしむれば、第一車室の大いさと、車中の人物との比較上、余り甚だしく釣合を失 して居るのが欠点。例へば彼の低い窓からは、到底頭を出し得るものが、一人もなからうと思はれて、附合せの痕の明かに見え透くのは、いかにも残念である。次ぎは人物の孰れを見ても、皆腰部以下が短いやうに思はれるのが欠点。就中前面の向つて左の婦人の如きは、胴から上許りの人らしく見えて、何う も物足らない心地がする。畢竟如上の欠点は、自分の想像する所に拠れば、各人物の調子の善く取れて居ないものと画面に取掛るまでの手順が備はつて居なかつたの と、夫れに時といふ点に、少なからぬ関係を持つて居るのではなからうかと思ふ。今一ツは、色の研究がまだ旨 く行かない。見た眼が墨画のやうで、何ンだか噴火山の焼土でも、振掛けたかのやうな感じがして 堪らない。併し是れはあかりの故だと弁解もあるだらうが、夫れにしても今少しく変つた色と、透つた 調子を附けて貰ひたい。所詮はこの工合で、今一際の慎重なる注意と、的確な る総ての調子とを深からしめて欲しいのである。とはいへ、前にも言ふ通り、この画は場内唯一の大作でもあり、又作者の筆としても従来にない大作であるのだから、経営苦心の程は誠に称賛に値 するであらうと思ふ。自分が特に長い評言を費すのも是れが為めである