白馬会瞥見

  • 香夢生
  • 二六新報
  • 1900(明治33)/10/24
  • 1
  • 展評

△矢崎千代治氏の「教鵡」 全体から言へば上出来で、殊に蔦は能く画かれた、が、細かい所を言へば女の視線が鸚鵡を外づれて居るやうだ、手首に丸みがな いやうで、薄平で、ソシテ帯が板のやうに見える、其から又鸚鵡の眼が非常 に粗末で、全身が剥製のやうである、のみならずドウも位置が面白くないやうだ、ブランコを直下 させた方が見栄があると思はれる△同氏の「秋の園」 題目は面白いが荊の植込 が茂り居るのみにて、道がない為め小女が荊にヒツかゝツた説明がかけて居 る、自ら好んで荊にヒツかかりしやうに見える、後に一條の小道でも画いたな らば能く其意味を説明するだらうと思はれる、其から少女の肩と手とはチト不具 のやうに見える、下絵の時に注意して欲しかツた、全体の着色、荊 に當ツて居る光線の工合は申分ない△同氏の「草花」 変ツた幾種かの花を何の苦もなく軽やかに画かれた手際は感心であるが、花が多過るため、シマ リのないのは遺憾である△北蓮蔵氏の作 画いた場所も色彩も雅致風韻があツてナカナカ面白い、就中、「宿場の雨」「雨」「夕の富士」は上出来で、殊に「宿場の雨」は能くそ の意味を説明して宛然眼に見るやうである、欠点を言へば、山や木などが少し小さく見える傾向がある、篦絵は氏独特の技であるが今年の中沢弘光氏に一歩 譲ツて居る、残念残念△湯浅一郎氏の「海辺の逍遥」 思ひつきのヨイ題目で、都の子 女が海辺を散歩して居る所を説明し得て余す所がない、光線の取工合などが余程面白い、殊に蝙蝠傘の後の山に當れる朝 日の影の工合は妙を極めて居る、老爺の足が小さ過ぎるためか、頭 が大きく見える又女の帯より以下に申分がありはせぬか、関節が薄 き衣服を透して多少現はるべき筈だ、其の説明が足らぬセイか、幅が狭 く薄平に見えるのは遺憾である△同氏の「村嬢」 青の衣物に緑の草と言 ふ、画くに尤も困難な色を能く画きノケた技倆は感服せざるを得 ない、全体が無難で、殊に足は妙である、或人は此画をモデル臭いと言 ツたが、作者も此を聞いたら嘸満足するだらう、意匠も勿論欠くべからざるの 要素ではあるが、今の時代は意匠よりも写実の方がマダマダ必要だろうと思はれる△安藤仲太郎氏の「三保の残暉」 斯る場所を撰んだのはヨイ思ひつきであるソシテ夕照の工合 が十分に能く画かれて居る、が、中景の溜水が傾斜して居るのは可笑 しく感ずる、又前景の地面が不確である、

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