黒田画伯晃山に
『小督物語』を描く《今秋の呼物》

  • 毎日新聞
  • 1898(明治31)/08/30
  • 1
  • 雑報

節今や秋に入りて美術界の錦さまざまに織出ださるゝ上野の賑も稍や近 づけるまゝ美術家諸氏は己がじゞ其製作に余念なきことなるが茲に洋画新派の団体白馬会が昨秋の展覧会に於て裸体画智感情を 画き優に其手腕を示したる黒田清輝氏は今秋展覧会出品の一として一 昨年其素描の侭を会に掲たる以来評判高き小督局の物語を画き上げて陳列すると云此図は縱一間横一間半許の大幅にて元と西園寺侯が氏の画を需たるに応じ作出せるもの先年来の鍛煉 今は着色を余すのみなるを今夏美術学校の休暇を幸ひ何処にてかと心掛しも兎角此大作に適する場所なきに困せしに不図■縁を得て 日光霧降道の一村萩垣面に名高き古刹興雲律院の大書院を借受ることゝなりたれば大に悦びて今月初めより同寺を二丁程離るゝ高 照庵といへる僧廬に夏篭りしつゝ日々彼寺に通ひ朝の十時頃より夕の五時頃まで専心揮毫に掛り居らるゝ由なれば其出来も近日の内 なるべし今氏が戯れに書院内揮毫の様を描きたるを得たれば此に掲 げて読者の覧に供す凄涼たる高倉帝御陵の前一僧笛を横ふるを真似て嵯峨野の故事を語り遊客佳妓の之に聞き惚るゝ所正に是れ小督悲劇の一新写法肥幹禿顱毫を把り彩を施すは即 ち画伯其人なり傍らに掲げ又床上に散らせる数個の小画は氏が 此大作を製出するに方り正則的準備を踏みて先づ図中個々の人 物に就き骨格色彩等を研究せし者なり此画今秋白馬会場に出陳の暁とならんには如何に画界の寂寥を破り世の評壇を賑 はすべきか今より予め想ふべきなり(挿画参看)

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