◎茂林初秋図（藤島武二氏）　蝉声漸く稀にして涼気肌に迫まる林樹日を遮りて梢を渡る秋の初風そよと音信れて行くに青葉の日に透徹 りていと鮮かなるに人の気息もあらぬ静けさ憐れ半日を此林中に送 らばいかに、氏の出品数ある中に殊に出色の者なりとす況して旧来の水彩画中かゝるめでたき者を見待らざりしに氏に依りて其清心なる着色を発揮せられしはいと嬉し、此他郊外図もいとをかしうなん
◎東寺郊外夕景（安藤仲太郎氏）　一日西の京なる四條に近き宿りを出てゝ何処ともなく漫ろ歩きし 侍るに東山扨は桂川も今は見飽て侍れは西南の方へと志 ざし九條の町を出でゝ畑中を行けば心地よきまでに鋤れたる畆々青菜の色 よきが見所あるに歌など読み考がへつゝある程に日はいつか西山に入りて向 ひの東寺の森に暮色蒼然として晩鴉の声も急がしきに五重塔と其の 本堂の屋棟の高う見渡さるゝもをかし、民の出品二葉中一図は少しく申分あれど東寺の方は夕暮の感情十分に露はれていとめでたし
◎室 内児童図（小代為重氏）　何所なるらん片田舎なる旅店の勝手に近き廊下なるべし少し煤けし障子に箒のつるしたる上に十二三斗なる洋人の子供脚半草 鞋掛して足投出したるに勝手の方まで見渡さるゝがいとをかし、蝦夷菊園図今 を盛りと咲揃ひたる蝦夷菊の紅紫互に入れ乱れて色いとうるはしきに遠く 室の見渡されたる農婦の立てるなどいと面白し、氏の出品多き中に此二 図いと穏かなり氏は余りに腕に任せて画過ぐるの弊ある者の如く覚ゆるは 惜むべし
◎中村勝次郎氏のは別に評を下すこと能はず尚向後の勉励を祈 る、小林萬五氏のは写生画いと巧なり行末の進歩を刮目して竢たんのみ（つゞく）