白馬会展覧会素人合評

  • 銀杏先生、一寸法師、駿台隠士
  • 日本
  • 1896(明治29)/10/12
  • 1
  • 展評

◎会の体裁 先生曰く巴里仕込のはでやかなる如才無き趣味は其突飛的にヒヨロ長き表札の面にも現はれて他会の中に一際人目を引き場内の陳列配置亦整頓して 其海老色の幕に金光絢爛たる額側の相映じたるなど人をして自から爽快の感を発せしめたるは流石に他会に比して一般の粧飾気のきゝたる所有り△法師曰く僕は 反対也、やらたに旗をヒラヒラさしたり金の交色板をピカピカさしたり其粧飾一般に気障にて毫も高尚なる風味なく之に臨めば、宛として浅草奥山見世物の場と いふの感無くんば非らず僕は全体其気取方が気に喰はぬ△隠士曰く会場の体裁などはどうでもよし然し入口の縄暖簾なんかは随分スマサレタものなり
◎絵画総 評 先生曰く今回の画は所謂新派の特色として誇れる一種明快なる色を現はす事に於て稍々其目的を達し得たる者と云はざる可らず、且つ其技術も一般に進歩の 跡有りて作品概して気のきゝたる者の割合に多きを見る、然れども今回の絵画を以て直に白馬会の技倆を定むるは軽卒の見とす、何となれば彼の絵画は総て誰れ にても胡魔化しのきく可き小細工物多く、作家の価値を判するに足る可き大作に至りては甚だ稀有なれば也、蓋し余の所謂大作とは唯作の大なるに非らずツマリ 骨を折つた作品を指すものとす△法師曰く先生はイヤに肩を入れるやうなれど僕は大不賛成也第一総ての画に少しもシマリが無くどれもこれも皆ボンヤリした者 ばかりにて狐に化かされたやうな感有り、試みに隣の美術会を覗けば所謂旧派の画には其画相の如何にもはつきりして手にて捕へらるゝが如き感有る者あれど茲 には一つも之を見ざるなり、これが或は新派の流儀かは知らねど法師甚だ感服せず、それに全体の絵画は唯だ漠然たる風景画のみ多くて二三の人物画を除くの他 手の込みし作品なきは是れ最も僕をして小言を云はしむる所以なり△隠士曰く隣の美術会に旧派の画を見て更に茲に入れば恰も雨後の晴天を望むが如く一種爽快 明白なる感想は忽ちにして我脳裡に浮動し来るを覚ゆ、是れ所謂紫派の特色を発揮し得たる徴證なり、されど彼が特色を発揮せんとせる心は余りに極端に走せ黒 田氏が樺山伯の肖像等数品を除くの他は却つて紫派の真面目を現はさゞる嫌あり且つ諸作家の作品は悉く黒田氏の模倣に過ぎず各人の特色を見る無し、是れ甚だ 余の遺憾とする所なり其作品の一般に軽々しき者多きは今回の開会事急にして十分の時日なかりしが為なるべし△先生曰く之れより各画に就いて評すべし先づ黒 田氏より初めん
◎黒田氏筆菊畑 隠士曰く夜明の景色能く其感を現はしポツト紅のさしたる調子より草木のいきいきしたる心地よき景色妙なり余は館中屈指の 出来と云ふを憚らず△先生曰く第一に夜明のほの暗き所に鮮明なる菊花を散らしたる意匠面白く第二にかゝる薄暗き物色をものしながら其内に如斯一種明快なる 色を出すなどはなかなか凡手の能ふ所にあらす流石に新派の領袖たる所は有り△法師曰くところが僕はさう皆に褒めさしちや置かぬ、抑も此画たるや先づ其の濃 淡の調子に於て乱雑也、畑の前なる近景も其の後なる遠景も殆んど同一の感あるのみならず、能く目を留めて之を検するに此他物体の形に頗る胡魔化したる所多 し法師ゴマカシは大のきらひ也故に諸君の評には大不服也
○同氏筆樺山伯肖像 先生曰く此作非常に骨を折られし効見え其の顔貌の高低より色の出し方及び運 筆の工合総て甘し△隠士曰くしかのみならず且頭の禿げ工合、其白髪の交り工合もなかなか手ぎわなるに感ず概して此画は其色彩等極めて真面目にして所謂紫派 の尋常なる調子を保ち得たる者と云ふべし隠士は頗る同情を寄んと欲す△法師曰く夫れ然り夫れ豈然らんや其の鼻の堅き事は恰も木か石の如く之を叩けばコツコ ツと鳴りさうに覚え其衣服の軟かき事は宛として是れ飴細工の如くだらりと締りなき所武骨の伯には頗る不調和なり、若し伯の顔を包ましめば彼れは変じて一個 遊冶郎がしとけなき湯上り姿と変ぜんのみ
◎同氏筆日傘の美人 先生曰く之も亦十分骨を折られし作品なり人は其位置の突然なるを云々すれど却つて面白く顔 の高低濃淡余り手ひどく無くして穏やかに調子よく出来たるは敬服々々△隠士曰く先生と同感なり余は館中に樺山の肖像と此美人とを推さんとす△法師曰く活気 と雅味に欠けたるを如何諸君は諛評をするからいけない
◎和田英作氏筆海岸の景 先生曰く位置奇抜にして調子よく遠近よく現はされ色彩快活能く新派の旨を 得たり△法師曰く一体如斯骨を折らないぶつつけ書きを評すること頭より了見が違ふて居る也法師は無論 するの価値なしと信す△隠士曰くこれは烈しい、全体 今度の会は十分の余暇が無かりし者なれば少しはそこを察して評すべしさてさて色気の無い男かな
◎同氏筆河岸の風景 隠士曰く同氏作中骨を折つて有るは此 画なり法師以て如何となす△法師曰く此画はどこ迄も明快なる色を以て押す可きに其色の濁れるは不可なり草の描き方も亦ひつこし△先生曰く画の真面目なると 遠近の調子よきとを見落しては困る
◎同氏筆月夜野頭遥かに白帆を望むの景 先生曰く意匠斬新流石の法師も一言無かロー△法師曰くかんじんの夜景の感なく 昼間曇天の景なり を云ふに及ばず此一言にて踏み潰すに足る
◎岡田三郎助氏海浜の波濤 先生曰くこの好景軽妙とや云はん△法師曰く退く波は丸で藁を干し てあるやうに見えるのが妙か
◎某氏筆古市渡船場の景 隠士曰く此図二枚あり一は同渡頭橋辺の暮色頗る愉快に一は渡頭人物の配合なかなか面白し△法師曰く 僕をして云はしめば一は水と陸の性質区分明らかならず一は橋前の草余り堅くして仮令へば杉箸の行列の如し
◎某氏筆小娘猫に戯るの図 先生曰く色の取り合 せ衣服の描き方一寸面白し△法師曰く般若の面見たやうな顔を見たら何がよくても愛想がつきる
◎某氏筆甘酒店の図 先生曰く色、場所及び位置の切り方一寸 面白し△法師曰く片々たる小作何ぞ論ずるに足らんや
◎三宅克己氏水彩画 法師曰く如何でしょう今少し骨を折つて頂けますまいか△隠士曰く賛成△先生曰く 僕も僕も
◎久米氏筆山間野村落 隠士曰く久米氏は新派の副将として世人の注目する所然ども今回の出品は皆甞つて留学中になりし者にて新作は一も無し、こ は同氏俗事の為に遮られての故といふ、■■■心して評すべし△先生曰く此画非常に愛す可き愉快の色を■■■■■■■新派の面目頗る発揮せらる△法師曰く画 の全体平坦にして切抜燈篭の感有りおまけに色彩に遠近の別なくチツトモ感心せず
◎同氏筆円柱状の塔の見ゆる野景 先生曰く此画も快活なり総てかゝる色を 使用する際には誰れしも野卑に流れ易きものなるに毫も其弊に陥らざるは欣ぶ可し塔及び家屋の配合亦よし感心感心△法師曰く色の出しかたは■■な調子あり、 又前景の草叢の■■■■れたるが如きは如何△隠士曰くオヤオヤ
◎小代氏筆日本兵上陸の大図 先生曰く遠近、人物の配合全体の位置善し先づ骨の折れた仕事 なり△法師曰くこの図は澎湖島と覚ゆ、之を同島従軍者の説に聞く此画実に其真を写し得たりと蓋し説者は同島戦争の活気なかりし様が恰かも此画の活気なきに 適合せるを云ふ也、褒めて誹らるゝとは此事なるべし、雲の工合変手古にして砲丸の地を■ちし状より波を上げし所居睡れるが如く全体の感毫も勇壮快活の気な きは戦争画としての一大欠点なり、況んや其の軍艦の如き○で翫弄品に似たるに於てをや△隠士曰く兎に角場中の大作見ごたへは有り

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