裸体画問題(六)

  • 文部省普通学校局長沢柳政太郎氏談
  • 読売新聞
  • 1901(明治34)/11/09
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私ハ未だこの問題に附てハ充分に熟考して居ないから意見として御話 することハ出来ぬのですが……△併し仏蘭西で如何に持て囃され或ハどこそこで 社会一般の人々から歓迎されるからと云つて、其を其侭直ちに日本へ全く同様に適応させる事ハ到底行へぬ筈でハありませんか国々で
△国情も習慣も異ふので
すから其侭に適応するといふのハ少し軽躁 でハないか、現に仏蘭西などで出来た「絵はがき」にハ裸体画のものもあるのですが、仏蘭西 でこそ差支へなく使用されて居ても之を英国の如き風紀取締の厳格な国へ持て行くときハ決して許さぬのであります現に英国でハ仏国の絵 はがきで使用が出来ぬものもある様です△仏国の展覧場などでも婦人とか或 ハ徳行の人などハ裸体画の前を通る時に皆顔を背けて行くのです如 何に仏国でも一概に少しも関はぬと云ふ訳もない様です況んや之を国 情の異る日本へ持つて来るにハ余程参酌しなけれバならぬと思ふのです△尤 も希臘などの古画にある様な羽の生へた裸体の天使の図とか或ハ其他のものゝ中にハ随分私などが見ても決して差支へがないと思はれるも のもあるのですから技術家は同じ裸体を描くにも
△画題を撰ぶ事ハ余程必要
であると思ひます我々が日々目撃して居る束髪や文金の高髷 などの裸体婦人を全部其侭に描いてあるものなどハどうも困ると思ふて居るのです△一体画 家が人体の研究を為すに全部を描かねバならぬといふ必要も無い様です殊に束髪や高島田などまでも描く必要ハ無論無いと思ひます又同じ裸体でも一時に必ずしも全部を書く必要もあるまいかと思ひます若し必要 があつて裸体を描かねバならぬ場合があつて化粧などして居る画題ならバ目的の半身裸体画を描く事が出来るでしようこんな工合に画題を撰んだ ならバ余り人の眼に触れても見悪くないと思ふのです△されバ當局者の方でも風 紀上取締をするハ當然の事ですが
△又取締ハ偏しない様に
しなけれ ばならぬと思ひます公衆の縦覧する場所であつても一二寸の古い彫刻物にまで 同じ取締の筆法を以つて行ふ事ハ或ハどうだかと思ひます△要する に画家も充分裸体画を描くにハ注意してツマリ云はゞ全部でなく或る部分ハ画家の意匠で覆ふ様になしたならバ良からうと思ふのです當局者の方でも裸体画ハ絶対的に禁止するが如き事ハしないで真に学術的の ものゝ目的を有するものハ可成或る差支の無い点までハ許す方針を取 つて貰ひたいでのです双方共にこの精神で描きこの精神で取締つたならバ学術 の為めにも障害を蒙ることなく又風紀取締上にも害が無い事 に近からうと思ひます△然しこの裸体画問題ハ随分喧しい問題です から私も熟考した上でまた御話をする事もありましようが御尋に就いて一寸考 へて見た所でハ前申した通りです

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