前言

1928(昭和3)年から美術研究所準備事業にたずさわり、1930(昭和5)年に所員となった尾高鮮之助は、1931(昭和6)年10月16日から翌年10月14日まで文部省在外研究員として東南アジア、インド、パキスタン、アフガニスタン、エジプト、欧州などを訪れた。研究所での職掌が東洋美術全般、特にインド、西域美術であったため、その地域での調査・撮影を中心に行っており、日記5冊、調査ノート1冊、写真フィルム約2000枚、数千フィートの16ミリフィルムが残されている。この調査の成果は『印度日記』(尾高鮮之助、刀江書院、1939年)、『美術研究資料7 印度及南部アジア美術資料』(美術研究所編・発行、1939年)として公刊された。本データベースには当研究所が所蔵する、尾高鮮之助撮影の写真を撮影地域ごとに分類し掲載した。

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