裸体画問題(四)

  • 東京美術学校長正木直彦氏談(つゞき)
  • 読売新聞
  • 1901(明治34)/11/07
  • 1

明後年大阪に開く第五回内国勧業博覧会の出品も最早 製作に取懸る人があるでせうが、萬一政府で絶対的に裸体画及び裸体 の彫刻物ハ出品を許可せぬ方針を執るならバ出品者も裸体画の製作を見合さねバならぬのです、併し政府の方新ハ前にも云つた如く一定して居ない様ですから、製作者に取つてハ誠に迷惑な訳合で す、元来美術と云ふ上から云ふと無論立派な専門的のものですから、今回のやうに局外者から見ると、別に大臣の方新と云ふでもなく、只所轄警察署長 の考へで左右されてハ折角美術家が清新を篭めて数多 の時間とそれに準ずる費用とを投じて出来上つたものも今度のやうな不幸に遭遇すると今後熱心に立派なものを製作する美術家が少くなる訳です△私ハ裸体が風俗を害すると云よりハ却て衣服を着て居ても 赤い蹴出なぞを出して居たり、肌を露はして居たりする方が却つて風俗 を乱すものと考へますから盛んにこれ等を取締らなければならぬと思ひます△今回の白 馬会出品裸体画の腰部に布を覆ふたのハ却つて人の好奇心 を喚起して驚くべき多数の参観者が日々入場する有様ださうです、斯 うなると折角警察署長の注意も反対の結果を見る様な訳で ハ無いかと思はれます
△議論ハ別として今後如何にすれバ
最も適當であるかと云 ふと、私の考でハ美術製作品殊に裸体画の如きものハこれを鑑定する機関を設けたら良かろうと思ひます、今の有様で見ると我邦の所謂警 察眼なるものハ真に美術を了解してこれを判断する脳髄があるかと云 ふ事ハ疑問ですから、立派な脳髄を有して居るものに判断をさせたいのです△併 し又如何に美術上必要でも社会一般の風紀を害することになると差 し控へねバならぬのですから、この釣合を取つて充分に双方の便宜上円滑に行つて偏することの無い様に行りたいのですそれにハ政府から相當の人を指定して一の団体を設け
△美術制作品鑑定の機関
にして貰ひたいのです△ この団体の事に就いてハ私も考を以つて居るのですが、その方法ハ内務省で出版物を審査をするが如き権能と職責とを以つて一般の美術 品殊に裸体画などに就いて判断したならバ只漠然たる認定と云ふ が如き事でなく理由のある判断を下すことが出来るでしよう、又美術家もこんな 専門の団体で判断したものに対してハ決して不満を懐かず満足して良 い訳です、日本にハ外国の如く美術のアカデミーが無いから止むを得ない が、若しあるとすると今回の如き問題の起つた時に判断を下す場所とすれバ良いと思ひます△学者社会にも現に学士会があつてこの会にハ立派 な学者が会員で斯道の為めに研究もし、講話もし、いろいろ発達 を謀るが如く、美術界にもこれと同様の団体があつたならバ甚だ有益だろ うと思ひます(正木氏の談終)

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