今泉雄作(1850~1931年)

 今泉雄作は嘉永3(1850)年、江戸町奉行組同心の家に生まれました。明治10(1877)年より16年かけてフランスへ私費留学を行い、リヨンでフランス語・ラテン語を学び、東洋美術のコレクションで知られるギメ美術館の鑑定人を務めています。帰国後は文部省に入省し、岡倉天心とともに東京美術学校の創立に携わりました。以後、同校教授、京都市立美術工芸学校校長、東京帝室博物館美術部長を歴任。大正4(1915)年に博物館を退職した後も大倉集古館の初代館長を務めるなど美術関係の職務に携わり、昭和6(1931)年、82歳で没しました。
 日本美術の近代化を制度面から推し進める一方で、石州流茶道、御家流香道といった日本の伝統文化にも通じ、研究社としても陶磁器研究や『君台観左右帳記』研究で先駆的な業績を残しています。

参考文献:吉田千鶴子「今泉雄作伝」(『茨城大学五浦美術文化研究所紀要 五浦論叢』6号 平成11年9月)

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