前言
新海竹太郎(1868~1927年)はヨーロッパで彫刻を学び、《ゆあみ》(1907年作重要文化財)をはじめとする作品を発表、日本彫刻の近代化に大きく貢献した彫刻家として知られています。平成25(2013)年11月、竹太郎の孫にあたられる新海堯氏より、田中修二氏(大分大学教育福祉科学部准教授)を介して、竹太郎の作品および竹太郎が郷里の山形で師事した細谷風翁・米山父子の南画を撮影したガラス乾板一式をご寄贈いただきました。それらの写真は竹太郎本人がカメラマンに依頼して撮影させたもので、明治40(1907)年開催の東京勧業博覧会で一等賞を受賞した《決心》等、現存しない作品の画像も含まれ、竹太郎の制作活動は勿論、日本近代彫刻史を語る上でも貴重な資料といえます。この受贈を機に乾板の全画像をデジタル化し、当研究所ホームページのデジタルアーカイブで公開いたします。
《ゆあみ》 |
《決心》 |