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タイ・バンコク所在王室第一級寺院
ワット・ラーチャプラディットの漆扉
エントランスロビーパネル展示 : 2022年7月28日~

ごあいさつ

 タイ・バンコクに所在するワット・ラーチャプラディットは、王室第一級寺院に位置付けられています。「首都には三つの主要な寺院を置く」というタイの伝統に基づき、首都バンコクの三つ目の主要な寺院として、1864年にラーマ4世王により建立されました。進取の気性に富む国王であったラーマ4世王は、一方で即位前には長く僧職にあり、自身で宗派を創設するなど仏教の近代化にも取り組みました。ワット・ラーチャプラディットはその宗派の最初の寺院でもあります。現在でも同寺には王室メンバーが参詣に訪れ、2010年には王室財産局の予算による修理事業が始まりました。
 ワット・ラーチャプラディットの拝殿の窓や出入口には、観音開きの扉が設置されています。扉には、伏彩色螺鈿や彩漆蒔絵の技法により装飾された漆塗りの部材がはめ込まれていますが、建立からおよそ150年が経過し、貝の剥落や漆塗膜の劣化が生じていました。特に、伏彩色螺鈿による装飾の図柄が日本風であったため、1992年以来のタイの文化財保存修復に関する共同研究のパートナーであるタイ文化省芸術局から、2012年に扉部材修理に対する技術的な支援を依頼されました。
 文化財の修理では、対象となる文化財の年代や材質、状態、制作技法などに関する調査を経て、計画を立案・実施しなければなりません。そこで、当研究所内外の研究者、研究機関により、目視観察に始まり、光学調査や化学分析に至る各種の調査が行われました。調査は現地で実施したほか、2013年10月~2015年7月には部材2点を日本に持ち込み、ワット・ラーチャプラディットからの受託研究として、修理計画策定のための詳細な調査や試験的な修理を行いました。併せて、ワット・ラーチャプラディットの漆扉部材の産地や、漆工史上の位置付けを明らかにするため、その図柄を主な対象として美術史学や音楽学、貿易史などの観点からの検討も行われ、現在はその対象をタイにあるその他の日本製漆工品にまで広げて調査が続いています。そして、ワット・ラーチャプラディットの敷地内には修理工房が設置され、芸術局の主導で同局の専門家による扉部材の修理が行われています。
 ここでは、ワット・ラーチャプラディットの漆扉部材に関する調査研究のこれまでの成果とともに、タイにある日本製漆工品のいくつかをご紹介いたします。多分野による研究の成果から、日タイの交流の歴史に思いをはせていただけたら幸いです。
 最後になりましたが、タイ文化省芸術局、ワット・ラーチャプラディットをはじめとした本共同研究の関係機関、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

令和4年(2022)7月
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