東京文化財研究所 > 第37回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会

第37回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会
趣旨説明 / 基調講演 対談
要旨

戻る
開催趣旨
申込方法
申込フォーム
プログラム
English

10:10-10:50 趣旨説明

なぜ、今「かたち」なのか
皿井 舞(東京文化財研究所)


 1990年代、日本における美術史学が新しい近代の学問として明治20年前後に成立したものであり、日本が近代国家として認知されようとするための文化的な国家戦略として、日本美術史が大きな役割を担っていたことが明らかにされた。仏像・仏画などのいわゆる「古美術」作品も、日本の近代化のなかで、外来の概念を適用しながら「美術」に分類され、特別な価値づけがなされたのである。

 「美術」概念の相対化を経た後、美術研究においては「美術」の価値体系からこぼれ落ちてしまった周辺の物にも目を配るようになり、それが生み出され、生きてきた社会的なコンテクスをも含みこんだ研究視点が設定されるようになった。こうした史学史の再検討と相前後して、英米圏で盛んになった「新しい美術史」の方法論も取り入られるようになる。これは「美術作品」を社会から切り離された存在とみる伝統的な方法論への批判であり、とりわけ社会史においては「美術作品」をとりまく社会的側面も視野に入れることが目指された。さらに1980年代以降には、多くの学問領域が物の表象に着目し、人間と物との関係を追及するようになる。こうしたなか、社会から切り離された物の「かたち」の歴史から、物をとりまく歴史や環境を含みこんだ物の歴史を語ることへ、すなわち「かたち」そのものから「コンテクスト」へと研究対象が拡大してきた。これまで見過ごされてきた、物をめぐっての豊かな歴史が掘り起こされ、充実した研究成果が生み出されている。

 一方でこうした研究においては、完成した結果としての「かたち」やその受容史に関心が集まり、「かたち」のありようを規定する制作のプロセスや、素材と表現との関係などの問題には関心がよせられることが少なくなった。また、物の価値はそれが受容されるプロセスのなかで容易に変化し、その質が必ずしも価値評価に直結するわけではないことが明らかにされた。そのために、物の質にかかわる造形性を問うことも、以前に比べると容易ではなくなっている。

 たしかに、コンテクストが「かたち」のありようを規定することも多い。だが、逆に「かたち」がコンテクストに対して働きかけていくことについても考える必要があるだろう。現段階においては、コンテクストに十分目配りをしながら、「かたち」とコンテクストとの関係性をどう探っていくのかが課題になっているように思われる。

 そこで、ケーススタディとして平安時代前期の木彫像の衣にあしらわれた旋転文(渦文)を取り上げたい。いかに「かたち」─ この場合はパターンであるが ─ が、コンテクストとのかかわりのなかで、その外形も意味も変容させていくのか。逆に変容した「かたち」がそのほかの作例の意味を規定していくのか。そのありようを、セッション1~3の趣旨をふまえながら、跡づけたいと思う。




10:55-11:45 基調講演 対談

生まれてくる〈かたち〉
イケムラレイコ(アーティスト) / 田中 淳(東京文化財研究所)


 今回のシンポジウムにあたり、わたしはすでにつくられた「かたち」ではなく、今まさに「かたち」をつくりつづけているアーティストの話を聞き、議論の発端にしたいとおもった。そのアーティストとしてイケムラレイコさんにお願いした。2013年5月、ベルリン在住のイケムラさんにメールで打診してみた。最初のメールのなかで、シンポジウムの趣旨文を添えて、わたしは次のように問いかけた。

 「『かたち』によって、何を表現し、何を伝えようとするのか、というアーティストにとっての大切な問題があるはずです。わたしは、今の美術の研究も現代美術も、ともすれば、あまりにも細分化され、また隙もないほど賢くなりすぎてしまい、その結果、アート、あるいは芸術表現の本質的な豊かさ、魅力を見失かねないような状況になっているのでは、という危惧を個人的にもっています。

 しかしながら、イケムラさんであれば、『かたち』をキーワードに、たとえば『かたち』と手段、もしくは素材(平面、立体)、『かたち』と言葉(テキスト、そして日本語、英語、ドイツ語という言語の問題)、『かたち』と時間(歴史)、『かたち』と空間(日本とヨーロッパ、そして『かたち』が展示される空間)の問題等々、さまざまな問題を提起してくださるのではないかとおもっています。」

 この問いかけに対して、幸いなことにイケムラさんに応じていただいた。返信のメールの一節には、つぎのように記されていた。

 「『かたち再考』という非常に興味深いテーマは現代の芸術観そして世界観を見直す点でも大事でしょう。おっしゃるとおり根源的な創作活動として『かたちづくり』はすなわち生きることです。

 ですから私は『かたち』を固定的なものとしてではなく、流動性のある可能性としてとらえています。またいろいろな関係の中で、大きな主題に作者の立場からアプローチするのはとても刺激になります。」

 この基調講演では、イケムラさんの創作活動と、そこから生まれてくる「かたち」、そして「かたち」によってあらわされること、あるいはものを語りたいとおもう。

(文責:田中淳)

 
 
©独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所