画家黒田清輝の「絵づくり」の過程は、これまで充分に明らかにされてきませんでした。それをさまざまな画像をつかって、多角的に解釈できないだろうか。そうしたねらいから、これまで黒田の作品を光学的な手法による調査をつづけてきました。
この展示では、つぎのような目的があります。わたしたちの目は、ある限られた光の波長の領域のなかで、ものを見ています。カラー画像、近赤外線画像、蛍光反応をとらえた画像、これらを比較して、わたしたちの目が、何を見ているのか、また、何が見えていなかったのかということを体験して頂けることでしょう。 | |||
1 「湖畔」の 風景 | |||
実際に作品を描いた場所に立って撮影された現在の風景(神奈川県箱根町、芦ノ湖)、絵のなかに入ってしまったかのような壁一面に拡大された画像、それらを展示室につるされた実寸大の「湖畔」の画像を通してみたら、画家がどのように風景をとらえていたかがわかり、これまでにない見方ができるでしょう。また、精密に拡大された画像をみると、色彩の感じが違うと思われるかもしれません。しかし、一様に白く見える部分をたどっていっても、微妙に変化していることがわかります。これは人間の目では感じることができない、色彩の細かいニュアンスをとらえているからです。
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2 「智・感・情」の からだ | |||
三人の女性が、異なるポーズをしています。画家は、人のからだをつかって、「美しさ」というものを支えている三つの考えを表そうとしました。では、そのからだをどのように描いていたのでしょうか。 また、絵画作品は、単なる平面ではありません。厚みのある「もの」としてとらえてみたらどうでしょうか。フルカラーの画像は、現在のわたしたちが、眼にすることができる作品の表面です。つぎに、精密に波長をコントロールされた光をあてると、それぞれの物質は、固有の反応をおこします。その性質を利用して、可視光励起による蛍光撮影によって作成したのが、オレンジ色に輝いた画像です。ここで黒くうつっている部分は、完成後の経年変化によって絵の具が剥落してしまった結果、修復にあたり違う画材でリタッチしているために蛍光反応が異なっているのです。さらに、反射近赤外線撮影によるモノクロームの画像では、画家が制作中に形を修正するなど、模索した跡をみとめることができます。それぞれ三枚の異なった撮影による画像は、「もの」として層をつくり、厚みがあることを示しています。同時に、「もの」としての厚みは、描き始められてから、現在までの時間の厚みでもあるともいえるでしょう。「もの」としての厚みと、描かれてから一世紀以上におよぶ時間の変化を、それぞれの画像の間に入って透かして比べてみてください。
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3 肖像画の 顔 | |||
描かれた人物が、いつもそこにいるように描かれるのが肖像画です。とくに顔は、大切な要素となります。画家は、モデルの人物をどのように見つめ、顔をどのように描いたのでしょうか。ここでは、肖像画の顔に焦点をあて、蛍光反応をとらえた赤い画像と近赤外線撮影によるモノクロームの画像によって、絵作りのプロセスを見ましょう。作品の表面の内側を見ることができる近赤外線撮影による画像では、製作途中の線描や修正の跡をみとめることができます。また、それぞれの物質は、独自の蛍光反応をしめします。画面では同じ白色に塗られたように見える部分も、蛍光反応をみると違うことがわかります。黒田は、一番光が当たっている部分とそうでない部分の白色を使い分けていたことがわかりました。なぜ、白色の絵の具を使い分けていたのか、技法の問題としてこれから、さらに調査をする必要があります。 カラー画像、近赤外線画像、蛍光反応をとらえた画像、これらを比較しながら黒田の「絵づくり」を考えていこうとしています。 |