側面から見た手水・音消し壺、高さ約55cm
(安中新田会所跡 旧植田家住宅所蔵)

ふたのつまみに獅子、両側の取っ手に象のような生き物、龍の蛇口が装飾されている青銅製のこの壺。

一見するとデザイン性に優れているので、「美術工芸品?」と思われるかもしれません。

しかし実際は、江戸時代から明治時代頃、便所脇などに置かれ、手を洗う際に使用された道具です。

壺の蓋を開けて水を貯めておき、龍頭の栓をひねると龍の口から水が流れ出る仕組みになっています。
浮世絵などにもこの壺で手を洗う様子が描かれています。

手水・音消し壺で手を洗う様子、月岡芳年 風俗三十二相 つめたさう 文化年間めかけの風俗  明治21年(出典:芳年 画『婦人風俗三十二相』綱島書店 昭11 国会図書館デジタルコレクション

この壺は東北、関東、関西、中国、九州地方に分布していることを確認していますが、民家ではなくいずれも旧宅・旧邸、商家、本陣屋敷、旅館、寺などに残されています。
また、壺の形状や装飾はそれぞれ多少異なります。

そのうち本陣屋敷や寺などでは、「音消し壺」として伝わっています。

姫君や身分の高い人が用を足す際、近くに控えた付き人などがこの壺の栓を抜いて水を出し、その水の落ちる音で排泄音を消したとされています。
そして、便所から出るとき、その水で手を洗ったとされます。 

もしかすると、現在の公共トイレなどで設置されている擬音装置(「音姫」TOTOの登録商標1988年より発売など)のルーツかもしれません。
「気になるトイレの音を消したい!」という人の心理は今も昔も変わらないようですね。

浮世絵に描かれる手水・音消し壺、歌川豊春「書」江戸時代 18C
(出典:東京国立博物館「研究情報アーカイブズ」)

この壺を所蔵する旧植田家住宅は江戸時代から代々、安中新田の支配人をつとめていた為、身分の高い人も訪れたと思われます。
しかし、この壺がどのように使われていたかまでは伝わっていません。

このように、この壺が残されていたとしても謎なところが多いのが現状です。
この壺の産地や流通経路が判明すれば真相を解き明かせるかもしれません。

【参考文献】山路茂則 1991『トイレ考現学』啓文社

執筆:谷口弘美(やきもの研究家)
公開:2025年11月5日