2月に開催される「かまくら」や「旭岡山神社のぼんでん奉納」で有名な秋田県横手市。

市内から少し離れた中島(なかじま)集落では、毎年1月に「草鞋わらじ」を村境に祀る「鹿島祭(かしままつり)」(春祈祷)を脈々と継承してきました。

入口の鹿島さま
出口の鹿島さま

鹿島さまとは、茨城県鹿島神宮の祭神である武甕槌大神たけみかづちのおおかみを指すと言われています。
茨城県から国替で秋田県に着任した佐竹氏が伝えて広めたと言われていますが、はっきりしたことはわかっていません。

横手市では、1年に1度、鹿島さまと呼ばれる人形神を集落の人々が製作し、村境に安置する風習が広く行われてきました。
五穀豊穣や無病息災を願うこれらの人形は「人形道祖神にんぎょうどうそじん」と総称されてきました。

横手市山内の田代沢の鹿島さま
横手市平鹿町高畑の鹿島さま
横手市平鹿町田ノ植の鹿島さま
横手市平鹿町樽見内の鹿島さま
湯沢市岩崎の鹿島さま

その中で、人形ではない草鞋の鹿島さまはイレギュラーな存在です。
なぜ、草鞋を鹿島さまとして祀っているのでしょうか?

中島地区ではその由来はわからなくなっていますが、同じく草鞋の鹿島さまを祀る横手市平鹿町ひらかまち荒処あらどころ地区では、「この地区にはこれほど大きなぞうりを履く大男が住んでおり、地区への悪魔進入を防ぐ意があったといわれる」(秋田県平鹿町教育委員会1987)という伝承が伝えられています。

ここにあるように、大きな草鞋が邪悪な存在を追い払うという考えが鹿島さまと結びつき、草鞋が祀られるようになったのではと考えられます。

横手市平鹿町荒処の鹿島さま
(現在は印刷した草鞋を掲げている)

さらに中島の鹿島さまがユニークなのは、1月の小正月に近い日に祭りが行われることです。

通常、鹿島祭は春から夏にかけて行われるのに対し、中島集落では極寒の雪の中で鹿島祭を行なっています。
このような行事形態は、中島集落と近接する見入野みいりの集落以外、現在のところ確認できていません。

見入野の鹿島さま

中島の鹿島さまでは、鹿島祭と一緒に春祈祷はるきとうが行われるのも特徴のひとつです。
春祈祷とは、神職が各家々を訪ねて家内安全・厄除けを祈願する祈祷で、中島ではいつの頃から鹿島祭と共に行われるようなったそうです。

2024年1月21日におこなわれた鹿島祭の様子を見てみましょう。

雪が降り頻る中、地区の会館に地元の方8名が集まってきました。奥に設えられた祭壇には、12月中に製作された草鞋が安置されています。

祭壇に安置された草履
鹿島祭と春祈祷の様子

この草鞋は藁ではなく、「ガマ」と呼ばれる多年生植物を使用して作られています。
素材を倉庫にストックしておき、3時間〜半日かけて草履を作ります。
現代では、草鞋を編む技術自体が貴重と言えるでしょう。

草鞋の材料となるガマ

時間になると会館へ神社の神職が来て祈祷を行い、終了後、村境の大木に鹿島さまを安置します。
ミゾレが降り頻る中、集落の皆さんの手で新しい鹿島さまが設置されます。
27軒の家々の安全と春の訪れを願う鹿島さまが、装い新たになった瞬間でした。

入口の鹿島さまの設置
出口の鹿島さまの設置

草鞋という、人々が日常的に使用していた民具が、鹿島さまというカミとして祀られる、その伝統を脈々と伝えてきた中島集落。

地域の皆さんの、行事を継承していきたいという強い思いに、極寒の雪の中、体が温かくなる思いがしました。

入口の鹿島さま
出口の鹿島さま

【参考文献】
横手市史編さん室2006『横手市史(特別編)文化・民俗』
秋田県平鹿町教育委員会1987『荒処の沼入りぼんでん』

執筆多賀糸尊(東北芸術工科大学文化財保存修復学科)
公開:2026年2月25日