フリコミジョレンとは、大正時代以降に普及した麦作の「土入れ」という技法で使う道具です。

埼玉県熊谷市出身の権田愛三(1850-1928)は、麦作技術改良に一生をささげた人物で、
権田愛三は、麦の茎葉に土をかける「土入れ」という技法とともに、土をかける専用の道具「フリコミジョレン」を開発しました。

土入れは、凍霜害で傷んだ根の回復、無効分げつの抑制、倒伏防止を目的として、株の上から土を振りかけるもので、1月から3月上旬にかけておこないます。
近年では、省力化のためおこなわないことも多くなっています。
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フリコミジョレンには、土を押していく前進型と、退いていく後退型の2種類があります。
土が軽い場所では前進型が、重い場所では後退型が使われました。

後退型のフリコミジョレン (上尾市教育委員会)
この使い分けがはっきり分かるのが、埼玉県上尾市の事例です。
国指定重要有形民俗文化財になっている「上尾の摘田・畑作用具」には、43点のフリコミジョレンが含まれています。
このデータをもとに、上尾市域でのフリコミジョレンの分布を地図上に配置したものが、図1です。
これを見ると、荒川に面した西側には後退型が、東側には前進型がというように、分布がはっきり分かれています。

これは畑の土質に関係しています。
上尾市は大宮台地の中央部に位置していますが、台地上の耕作土は、火山灰の上に形成された「黒ボク土」です。
黒ボク土は、農作物の栽培に適さない痩せた土とされています。
そのため荒川に近い地域では、台地上に荒川河川敷の栄養分の高い土「ヤドロ」を運び込む「ドロツケ」という客土農法がおこなわれてきました。
つまりドロツケがおこなわれた台地の西側では、土が重いために後退型のフリコミジョレンが多くなり、火山灰質のままの東側では前進型が主に使われてきたということなのです。

地表面から55㎝辺りがドロツケされる前の地表面。
ドロツケされた土は灰色で、火山灰由来の土の下層は赤っぽくなっている。(写真提供:森圭子)
権田愛三は、日本各地から招かれて麦作についての講演会を実施していますが、そこではフリコミジョレンの紹介もおこなっていました。
そのため関東以外の地域でも、フリコミジョレンが普及することとなりました。
資料館などでは、フリコミジョレンが民具として展示してあることもありますが、その時には前進型か後退型かに注目してみてください。
わざわざ資料館の外に出て畑を掘らずとも、その地域の土質についてある程度の目星をつけることができるはずです。
参考文献:
上尾市教育委員会2002『上尾市史 第10巻 別編3民俗』
上尾市教育委員会2020『国登録有形民俗文化財「上尾の摘田・畑作用具」資料調査整備事業報告書』
埼玉県立川の博物館2025『麦の国さいたま 令和6年度春期企画展展示解説書』
執筆:矢嶋正幸(埼玉県立川の博物館)
公開:2025年9月2日