民具とは
「民具」という言葉は、今から約100年前に、財界人であり民俗学者でもあった渋沢敬三によって生み出されました。それは「暮らしの必要に応じて作られ、世代をこえて使われてきた道具※」を指す言葉です。台所用品や衣服といった生活用具、農具や漁具といった生産用具、さらには信仰や遊び、娯楽に関わる用具まで、人びとの日常生活を支えてきた様々な “かたちあるもの”が民具には含まれます。
民具は、1950年に制定された文化財保護法によって、有形文化財の中の「民俗資料」と位置づけられ、1975年の法改正以降は「有形民俗文化財」として保護の対象となってきました。制度上の呼び名はいくつかありますが、このウェブページでは、より一般になじみのある「民具」という言葉を用いています。
民具は、日本列島で人びとがどのように暮らしてきたのか、その具体的な姿を知るために欠かせない資料です。文字資料とは異なり、民具は人が生活するかぎり、あらゆる地域で作られ、使われてきました。高度経済成長期には、急速に失われつつあった生活道具を記録・保存しようと、全国的に民具収集の動きが広がり、多くの資料が各地の資料館などに収蔵されました。
こうした民具を日本各地、さらにはアジア諸地域と比較することで、地域ごとの文化的な特徴はもちろん、日本文化の成り立ちや変化をも読み解くことができます。また、目の前にある民具が近年に作られたものであっても、その構造や用法などの「型」は、近世や中世、場合によっては先史時代まで遡ることがあります。
民具は、現代の暮らしと考古資料や歴史資料との間をつなぐ媒介であり、過去から現在、そして未来へと続く連続性を見通す手がかりともなります。人びとの営みの歴史を時間的にも空間的にも広い視野で捉えるための重要な視座を、民具は与えてくれるのです。
有形と無形の視点から文化を考える意義
では、なぜ「無形文化遺産部」で、かたちのある民具を研究対象とするのでしょうか。
それは、有形と無形の文化は本来、切り離すことができないからです。
第一に、無形のわざや技術を研究するためには、実際に作られた「モノ」が欠かせません。たとえば陶芸の歴史を研究するには、過去の陶芸作品が残されていることが前提になります。芸能を研究する際にも、台本や楽器、音声資料といった資料が重要です。同じように、民具が残されていなければ、生業やものづくりの技を対象とする民俗技術の研究は成り立ちません。民具は、無形の民俗文化財、とりわけ民俗技術を研究するうえでの基盤なのです。
第二に、民具そのものを理解するためにも、無形的な視点が不可欠です。民具は、形や材質、構造、重さ、機能といった「モノそのものの情報」だけでは十分に捉えることはできません。その道具が何と呼ばれていたのか、誰がどのように作り、どのように使われ、どこに流通していたのか――こうした聞き取り等の調査によって得られる「コト情報」があってはじめて、民具の全体像は見えてきます。無形文化遺産の調査研究で培われてきた方法や知見は、この点で大きな力を発揮します。
近年では、有形と無形を分けて捉えるのではなく、両者を結びつけることによって文化遺産の価値をより深く理解し、次世代へと継承していく視点の重要性が広く認識されており、ユネスコや文化庁においても、その連関に着目した取り組みが進められています。このように、有形と無形の両面から考えることで、人びとの営みとその歴史は、より立体的かつ豊かに浮かび上がります。
文化遺産を理解し、未来へと継承していくためには、モノとわざ、かたちと営みを統合的に捉える視点が不可欠なのです。
※ 民具の定義について、神野善治民具学会会長は「先人たちが、暮らしの必要から、それぞれの時代の環境の中で技術的に生み出し、世代を超えて継承し、共有してきた多様な造形物」としています。(神野善治2025「身体機能からみた民具―体系的な把握の試み」『民具研究』168号 日本民具学会)
