| △第（だい）三室（しつ）で注意（ちうい）すべきものは岡田氏（をかだし）の「あざみ」である、評者（ひやうしや）の知（し）る限（かぎり）に於（おい）て岡田氏（をかだし）の描（ゑが）く人物（じんぶつ）は黒田氏（くろだし）のそれに比（ひ）して姿態甚（したいはなは）だ平凡（へいぼん）―語弊（ごへい）があるならば無技巧的（むぎかうてき）といはう―であるが、この図（づ）もまた同（おな）じ傾向（けいかう）を有（いう）する、即（すなは）ち粧飾的（さうしよくてき）なる薊（あざみ）の前（まへ）に置（お）かれたる三十路計（ぢばか）りの女性（ぢよせい）は膝（ひざ）の上（うへ）に書物（しよもつ）を伏（ふ）せて下目（しため）にその眼（め）を投（な）げてゐる、たゞそれだけだ、この奇（き）もない構図（こうづ）が生（い）きるのは実（じつ）に描写（べうしや）の巧（たくみ）にある、誰（たれ）かこの画（ゑ）に対（たい）して一種懐（しゆなつ）かしむべき全幅（ぜんぷく）の諧調（かいてう）を認（みと）めざるものぞ、殊（こと）にその色彩（しきさい）の日本的調子（にほんてきてうし）を有（いう）する所（ところ）が■（■■）しくはないが、薊（あざみ）の色（いろ）の深味（ふかみ）などは他（た）の容易（ようい）に企及（きゝふ）し難（がた）い所（ところ）と思（おも）ふ同室（どうしつ）に和田氏（わだし）の「肖像（せうざう）」とて同（おな）じく婦人（ふじん）を写（うつ）したものがあるが、到底（とうてい）「あざみ」と同日（どうじつ）に談（だん）ずべきでない＠△小林萬吾氏（こばやしまんごし）の画（ゑ）は依然（いぜん）として薄■（うす■■■）い所（ところ）に特色（とくしよく）がある、「肖像（せいざう）」「虞美人草（ぐびじんさう）」共（とも）に不賛成（ふさんせい）、それよりも寧（むし）ろ兎角（とかく）の批評（ひゝやう）のあつた長原孝太郎氏（ながはらこうたらうし）の諸作（しよさく）に加擔（かたん）する「プリムローズ」と目録（カタログ）にあるのがそれか鉢植（はちうゑ）の小植物（せうしよくぶつ）は一寸面白（ちよつとおもしろ）い行（ゆ）き方（かた）だと思（おも）つた、但（ただ）し幾分作（いくぶんつく）りものらしい感（かんじ）は免（まぬが）れない、太田（おほた）三郎氏（らうし）の「屋根（やね）の雪（ゆき）」渡辺省三氏（わたなべしやうざうし）の「白壁（しらかべ」加藤静児氏（かとうせいじし）の「冬枯（ふゆがれ）」は第（だい）二流以下（りういか）の作家（さくか）の作品中（さくひんちう）で立優（たちまさ）つてゐる「白壁（しらかべ）」は殊（こと）に下半（かはん）の趣（おもむき）を佳（か）とする、上半（じやうはん）は屋根（やね）の余（あま）りに黒（くろ）き色（いろ）が不快（ふくわい）の念（ねん）を引（ひ）いた、安藤仲太郎氏（あんどうなかたらうし）の「早春（さうしゆん）」や中村勝次郎氏（なかむらかつじらうし）の「花（はな）」は評者印象（ひやうしやいんしやう）を受（う）けず、故（ゆゑ）に無評（むひやう）、辻丸次郎（つじまるじらう）といふ人（ひと）が透射（とうしや）せる日光（につくわう）を捉（とら）へた「木立（こだち）」は興味（きようみ）ある試（こゝろみ）らしい＠△次（つぎ）に第（だい）二室（しつ）、茲（こゝ）での呼物（よびもの）は何（なに）はあれ「停琴（ていきん）」の一図（づ）と人（ひと）はいふ、然（しか）し評者（ひやうしや）は不幸（ふかう）にしてその作家（さくか）が清国人（しんこくじん）（姓名（せいめい）は李岸氏（りがんし））であるとの条件（じやうけん）なしには大（たい）した賛辞（さんじ）を呈（てい）するを好（この）まぬ少（すくな）くとも真摯（しんし）の点（てん）は見出（みいだ）されぬと考（かんが）へる、まだ太田（おほた）三郎氏（らうし）の「都（みやこ）の友（とも）より」といふ旅寓（りよぐう）の一少女（せうぢよ）の方（はう）が一歩然（ぽしか）らずんば半歩（はんぽ）の長（ちやう）がある、久保川貞平氏（くぼかはていへいし）の「魚（うを）」「桜花（おうくわ）」は静物画中（せいぶつぐわちう）やゝ成功（せいこう）せるもの、安藤仲太郎氏（あんどうなかたらうし）の「夕桜（ゆふざくら）」は吾等少（われらすこ）しく鑑賞（かんしやう）に窮（きう）する、八條弥吉氏（でうやきちし）の「夏（なつ）の大洗（おほあらひ）」は広重風（ひろしげふう）とでもいふべく、この種（しゆ）の画（ゑ）も発達（はつたつ）させて見（み）たい＠△さて階（かい）を下（くだ）つて第（だい）一室（しつ）になる階上（かいじやう）は悉（ことごと）く油絵（あぶらゑ）だが、此処（こゝ）は水彩画（すゐさいぐわ）が大部分（だいぶゝん）を占（し）める、油絵（あぶらゑ）では山形駒太郎氏（やまがたこまたらうし）の「晩秋（ばんしう）」「残雪（ざんせつ）」が佳（よ）い、パステルも矢田部俊（やたべしゆん）二氏（し）のが一枚（まい）ある、水彩画（すゐさいぐわ）ではその間口（まぐち）から見（み）て三宅氏（みやけし）の「木下蔭（このしたかげ）」が大（おほ）きい、図（づ）は渓流（けいりう）を前（まへ）に雑木叢（ざふきさう）を現（あらは）し、例（れい）によりて綺麗（きれい）にも描（か）きなしたものだが、何等（なんら）の意想（いさう）をも得（ゑ）ない、悪口（わるくち）すぎるが腐敗（ふはい）した橙皮（とうひ）の堆積（たいせき）はかうもあらうかと少（すこ）し胸（むね）が妙（めう）になつて来（く）る、「秋（あき）の山（やま）」「秋川（あきかは）の夏（なつ）」等（とう）みな相似（あいに）て遠（とほ）からざるもの、「向河岸（むかふがし）」の家並（いへなみ）を写（うつ）した所（ところ）などは、この人（ひと）が如何（いか）に画趣（ぐわしゆ）を没却（ぼつきやく）して徒（いたづ）らに写生（しやせい）の忠実（ちうじつ）に全力（ぜんりよく）を注（そゝ）いでゐるかゞ窺（うかゞ）はれる、後進（こうしん）の青年水彩画家輩（せいねんすゐさいぐわかはい）よ、前車（ぜんしや）は覆（くつがへ）れり、卿等心（けいらこゝろ）してその轍（てつ）を踏（ふ）まざれ―場（ぢやう）を出（い）でんとして暫（しば）し低徊（ていくわい）する、コランの画（ゑ）が幻（まぼろし）の如（ごと）く眼（め）にちらつくに（完）（吾妹子） |
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