| 第（だい）一室（しつ）＠○三宅克己氏の諸作＠僕（ぼく）は先生（せんせい）から始（はじ）めて自然（しぜん）に対（たい）する目（め）を開（ひら）いて貰（もら）つたんだから、先生（せんせい）の作（さく）は自分（じぶん）のものゝやうに欠点（けつてん）と長所（ちやうしよ）とがわかる。遠慮（えんりよ）なく云（い）ふと先生（せんせい）の気質（きしつ）は非常（ひじよう）に道徳的（だうとくてき）だから、絵（ゑ）にも幾分（いくぶん）か然（さ）ういふ所（ところ）が見（あら）はれてゐる。皆（みな）インチメエトな懐（なつ）かしい絵（ゑ）だ。例之（たとへ）ば湯（ゆ）ケ島（しま）の山（やま）に秋（あき）の午後（ごゞ）の日（ひ）が當（あた）つて山（やま）の襞禎（ひだ）が赤（あか）く温（あたゝか）く交睫（まどろ）んでゐる裾（すそ）に、ほのかに村落（そんらく）、火（ひ）の見階子（みはしご）が見（み）える。また谷（たに）の此方（こなた）には同（おな）じ温（あたゝか）い光（ひかり）を鬱蒼（うつさう）たる森（もり）が浴（あ）びてゐる（八、秋（あき）の山（やま））やうな所（ところ）が好（この）んで取（と）られる。外（ほか）にはまた（五）木下蔭のやうに所謂幽邃（いはゆるゆうすゐ）な自然（しぜん）が先生（せんせい）の心（こゝろ）を動（うご）かすやうである。併（しか）し僕（ぼく）の不遜（ふそん）な感想（かんさう）を言（い）へば、先生（せんせい）の筆致（ひつち）と色（いろ）の対照（たいせう）とが少（すこ）しく単調（たんてう）に過（す）ぎると思（おも）ふ。僕（ぼく）は今度（こんど）の諸作（しよさく）の内（うち）では（七）の夏景色といふうのが、小（ちひ）さいものではあるが一番好（ばんす）きだ。あまり日（ひ）の照（て）らぬ日（ひ）の夏（なつ）のいきれるやうな緑（みどり）の感（かん）じが出（で）てゐると思（おも）ふ。＠○中沢弘光氏の温泉スケツチに就（つい）ては甞（か）つて言（い）つたことがあるから今（いま）は言（い）はぬ。＠○山形駒太郎氏の花見スケツチと言（い）ふのが目（め）に止（と）まつた。小（ちひ）さい板片（いたつぺら）に、暗示的（さじえすけいふ）に飛鳥山（あすかやま）の運動会（うんどうくわい）の群（むれ）を画（か）いたのである。外（ほか）に此人（このひと）の作（さく）が二三あるが、飛鳥山（あすかやま）のとは描法（かきかた）もかゝれた対象（たいしやう）も大変違（たいへんちが）つてゐる。花見スケツチは技巧（ぎかう）が好（い）いといふわけでもないが、兎（と）に角画（かくか）かうと欲（ほつ）した目的（もくてき）が大抵（たいてい）の見當（けんたう）、よく達（たつ）せられているから面白（おもしろ）い。花（はな）を見（み）る一群（ぐん）の心（こゝろ）は何（なに）か或目的（あるもくてき）に向（むか）つて集中（しふちう）してゐる。そこに一種（しゆ）の力（ちから）がある。併（しか）し之（これ）を明瞭（めいれう）に画（か）き出（だ）すには昔（むかし）の人（ひと）が仏滅（ぶつめつ）の絵（ゑ）にしたやうな大（おほ）きい材料（ざいれう）がゐる。さうでなくつて遠（とほ）くからさういふ群（むれ）を一寸（ちよつと）一目（もく）した時（とき）、視感（しかん）は何（なん）となく驚（おどろ）かされる。此恐怖（このきようふ）とも、何（なん）ともつかぬ一種（しゆ）の感情（かんじやう）（純絵画的（じゆんくわいぐわてき）で舒情詩的（らりかるてき）では無（な）い）暗示的（あんじてき）な顔料（がんれう）の配整（はいせい）で以（もつ）て尤（もつと）も便利（べんり）にあらはされる、兎（と）に角（かく）、さう云（い）ふ方向（はうかう）を此絵（このゑ）は取（と）つて居（ゐ）る。＠○戸張氏の水彩画の遣（や）り口くちは全然僕（ぜんぜんぼく）の賛成（さんせい）しない所（ところ）だ。あゝ云（い）ふ挿絵風（さしゑふう）のものは気（き）の利（き）いた線画（どろういんぐ）でなければ効果（かうくわ）が鮮（すくな）いと思（おも）ふ。＠○僕（ぼく）は田中泰吉氏の（三二）風景に於（おい）て、唯其取（たゞそのと）られたる情調（じやうてう）を喜（よろこ）ぶ。日本（にほん）の新（あたら）しい建築（けんちく）の木（き）の色（いろ）などは往々画家（わうわうぐわか）の顧（かへりみ）ることなく捨（す）つる所（ところ）である。併（しか）し代々木（よゝぎ）とか、小石川（こいしかは）の丸山（まるやま）町とか田端（たばた）、大森（おほもり）の辺（へん）の新開地（しんかいち）、そこの粗末（そまつ）なる新築（しんちく）の家等（いへとう）の喚（よ）び起（おこ）す情調（じやうてう）は亦大（またおほい）に絵画的興味（くわいぐわてききようみ）のあるものである。さふ云（い）ふ情調（じやうてう）は長原氏（ながはらし）の（一一五）新開地（しんかいち）といふのより、此絵（このゑ）の方（はう）によく現（あら）はれている。 |
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