| 岡野栄君（をかのえいくん）は元来波（ぐわんらいなみ）の作物（さくぶつ）が多（おほ）く又波（またなみ）の描写（べうしや）に就（つい）て最（もつと）も多（おほ）く研究（けんきう）もし工夫（くふう）もし従（したが）つて異彩（ゐさい）を放（はなつ）てる様（やう）であるが今度（こんど）も五枚（まい）の出品中波（しゆつぴんちうなみ）に縁（えん）のあるものが四枚（まい）ある、「納涼（なふりやう）」（二百円）は人物（じんぶつ）が主眼（しゆがん）で波（なみ）は遠（とほ）く見（み）せたに過（す）ぎないが「寄（よ）する波（なみ）」「曇（くもり）の波（なみ）」「暴（あ）れる波（なみ）」は何（いづ）れも面白（おもしろ）い、人物（じんぶつ）よりも寧（むし）ろ自然界（しぜんかい）の殊（こと）に海洋（かいやう）に就（つい）て筆者（ひつしや）の手腕（しゆわん）が窺（うかが）はれる、小林鐘吉氏（こばやしゝようきちし）の「雨後（うご）の蘆（あし）の湖（こ）」は大（おほい）に嬉（うれ）しかつた殊（こと）に雲（くも）の具合（ぐあひ）が気（き）に入（い）つた、「蘆（あし）の湖（こ）の雪（ゆき）」は悪（わる）くはないが寒山空林（かんざんくうりん）の感（かん）が足（た）らぬ、跡見泰氏（あとみたいし）の「稲村（いなむら）」「冬（ふゆ）の日（ひ）」何（いづ）れも良（よ）い、なかなか落付（おちつ）いた筆緻（ひつち）だ、記者（きしや）は常（つね）に同氏（どうし）の秋冬（しうとう）の色彩（しきさい）に敬服（けいふく）する、橋本邦助氏（はしもとくにすけし）のは「朝（あさ）の山（やま）」が主（おも）な作（さく）、第（だい）五室（しつ）に入（い）ると山本森之助氏（やまもともりのすけし）のが目（め）につく、「雲（くも）」、「多摩（たま）の上流（じやうりう）」、「海（うみ）」、「夏（なつ）の雲（くも）」「富士（ふじ）」「あしたか山遠望（やまゑんぼう）」等沢山（とうたくさん）あるが何（いづ）れも小品（せうひん）、矢崎千代治氏（やざきちよぢし）のは此間交詢社（このあひだかうじゆんしや）の展覧会（てんらんくわい）に出（だ）したのが三枚出（まいで）てゐる、エルベの河（がは）の雨（あめ）は其（そ）の時（とき）も良（い）いと思（おも）つたが矢張（やは）り良（い）い、大陸（たいりく）で書（か）いた画（ゑ）は何（ど）うも色彩（しきさい）が違（ちが）ふ、云（い）ふ可（べ）からざる含蓄（がんちく）がある様（やう）に思（おも）はれる、村上喜平氏（むらかみきへいし）の「裸（はだか）の女（をんな）」（二百円）は可（か）なりに行（や）つてる、中沢弘光君（なかざはひろみつくん）の「日（ひ）ざかり」は確（たし）かに呼（よ）び物（もの）の一であらうが、感（かん）じの極（きは）めて強（つよ）い爲（た）めに頭痛（づゝう）を起（おこ）した人（ひと）もあつたさうな、「首夏（しゆか）」は見（み）るべき作（さく）である、其（そ）の他（た）「雄鹿（をじか）の海辺（かいへん）」「大洗（おほあらい）の海岸（かいがん）」「うす日（び）」「谷（たに）に残（のこ）れる紅葉（こうえふ）」「差（さ）し来（きた）る潮（うしほ）」「浪（なみ）の泡（あは）」「江尻（えじり）の富士（ふじ）」「春（はる）の雪（ゆき）」等何（とういづ）れも氏（し）の熱心（ねつしん）と勉強（べんきやう）と旅行好（りよかうずき）と自然（しぜん）の描写（べうしや）に付（つい）て特殊（とくしゆ）の才筆（さいひつ）あるを示（しめ）して居（ゐ）る、参考品（さんかうひん）として正面（しやうめん）に掲（かゝ）げられている「弾手（だんしゆ）」は場内唯（ぢやうないゆゐ）一の呼物（よびもの）でラフアエル、コランの筆男爵岩崎小弥太氏（ふでだんしやくいわさきこやたし）の秘蔵（ひざう）であるから極（きは）めて有（あ）りがたきものである、邦人（はうじん）の筆（ふで）に成（な）る幾多（いくた）の油画（あぶらゑ）を見（み）て最後（さいご）に之（これ）に対（たい）すると云（い）ふべからざる格段（かくだん）の差異（さゐ）を感（かん）じ筆者（ひつしや）に対（たい）する敬服（けいふく）の念（ねん）を起（おこ）さずには居（ゐ）られぬ、総（すべ）ての入場者（にふぢやうしや）が見落（みおと）さんことを恐（おそ）るゝ黒田清輝氏（くろだきよてるし）の油画（あぶらゑ）の十一点（てん）も一所（しよ）に出（で）て居（ゐ）るのは甚（はなは）だ嬉（うれ）しい然（しか）し「夕日（ゆふひ）の紅葉（こうえふ）」「炎天（えんてん）の山辺（やまべ）」「小雨（こさめ）ふる日（ひ）」「荒（あ）れ後（ご）の海浜（かいひん）」等皆小品（とうみなせうひん）で大作（たいさく）のないのは少（すこ）しく遺憾（ゐかん）である。 |
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