白馬会関係新聞記事 第12回白馬会展
| 白馬会（はくばくわい）の名画（めいぐわ） 「弾手」について |
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| | 芳陵 | 中央新聞 | 1909（明治42）/05/12 | 1頁 | 雑報 | | |
| ◎赤坂（あかさか）三会堂（くわいだう）の白馬会展覧会（はくばくわいてんらんくわい）が「ラフアエル、コラン」筆（ふで）の「弾手（だんしゆ）」で評判（ひやうばん）なのは無理（むり）もない話（はなし）で。……一体是迄（たいこれまで）の展覧会（てんらんくわい）に欧洲大家（おうしうたいか）の画（ゑ）が出（で）たのは僅（わづ）か一二回（くわい）、其（そ）れも模写（もしや）か、然（しか）らざれば極（ごく）の小品（せうひん）であつたところに、今度（こんど）のは竪（たて）五尺幅（しやくはゞ）四尺（しやく）の大物（おほもの）で、然（し）かも弾手其物（だんしゆそのもの）は伊太利式（いたりーしき）の美人（びじん）、画（ゑ）は先年岩崎男（せんねんいわさきだん）が特（とく）に巴里（ぱりー）より取寄（とりよ）せた仏国現代大家（ふつこくげんだいたいか）の傑作（けつさく）といふ珍品（ちんびん）が陳列（ちんれつ）されたのである＠◎明眸豊頬（めいぼうほうけふ）、温雅（をんが）なる中（なか）にカラリとした生彩（せいさい）を帯（お）びたる顔（かほ）、半（なか）ばを露（あら）はにせる雪（ゆき）と白（しろ）き胸（むね）の肉附（にくづ）き具合（ぐあひ）、双（さう）の玉手（ぎよくしゆ）の丸（まる）みを有（も）ちながら柔（やはら）かく、左手（さしゆ）の反（そ）らしたる嬌（たを）やかさ、何（なん）とも云（い）ひ得（え）ざる味（あぢ）がある、而（しか）して画全体（ゑぜんたい）が観者（くわんしや）に対（たい）して自（おの）づと崇高（すうかう）の念（ねん）を有（も）たせると同時（どうじ）に、春風和煦（しゆんぷうわく）の間（あひだ）に妙（た）へなる音楽（おんがく）の声（こゑ）が洩（も）れて来（く）るやうな心地（こゝち）を感（かん）じさせる、其（こ）れぞ作者理想（さくしやりさう）の高（たか）きと技倆（ぎりやう）の優（すぐ）れたる、取分（とりわ）け形線（けいせん）の確実調色（かくじつてうしき）の整工（せいこう）とが然（しか）らしむるものにて、我幾多（わがいくた）の画家（ぐわか）は之（これ）に接（せつ）して多大（たゞい）の教訓（けうくん）を得（え）たことと思（おも）ふ＠◎世間（せけん）には此画（このゑ）を以（もつ）て「コラン」今日（こんにち）の画風（ぐわふう）なるが如（ごと）く説（と）くものがある、膚（はだわ）の色（いろ）の明快（めいくわい）なるはあれど、他（た）の■暗（えうあん）なる色（いろ）して一見古画（けんこぐわ）のやうなるを見（み）、且（か）つは先年（せんねん）の白馬会展覧会（はくばくわいてんらんくわい）に出（い）でたる同（おな）じ作者（さくしや）の緑陰（りよくゐん）の少女（せうぢよ）を思（おも）ひ合（あは）せる時（とき）は此説（このせつ）の謬（あやま）れることを容易（たやす）く判断（はんだん）することが出来（でき）よう、此（この）「弾手（だんしゆ）」は即（すなは）ち凡（およそ）卅年前明治（ねんぜんめいぢ）十年前後（ねんぜんご）の作（さく）にて、実（じつ）に彼（か）れが画風変遷（ぐわふうへんせん）の一節（せつ）を印（いん）するのである。＠○「コラン」の画風変遷（ぐわふうへんせん）を跡附（あとづ）ければ三期（き）に分（わ）けることが出来（でき）る、今（いま）より三十年前（ねんぜん）は一期（き）の終（をはり）で、其頃（そのころ）の作（さく）は室内（しつない）にて人為的光線（じんゐてきくわうせん）の裏（うら）に描（ゑが）き、濃淡（のうたん）の美（び）を強（つよ）くしたもので宛然古画（さながらこぐわ）の様（やう）な風（ふう）があつた、「弾手（ひきて）」は即（すなは）ち此時代（このじだい）の生産物（せいさんぶつ）である、其（そ）の楽器（がくき）を手（て）にせる美人（びじん）のモデルは実（じつ）に伊太利人（いたりーじん）にして、余程作者（よほどさくぶつ）より人体美（じんたいび）の満足（まんぞく）を得（え）たものと見（み）え、屡（しばし）ば其題財（そのだいざい）に提供（ていきよう）された。＠◎其後（そのご）十年許（ねんばか）りを経（へ）て黒田清輝（くろだきよてる）、久米桂（くめけい）一郎氏（ろうし）などが彼地（かのち）で師事（しごと）した時分（じぶん）の彼（か）れは、室内製作（しつないせいさく）の旧法（きうはふ）より進（すゝ）みて戸外製作（こぐわいせいさく）の新境（しんきよう）に移（うつ）り、人体美（じんたいび）と陽光（やうくわう）、空気（くうき）との諧調（かいてう）を努（つと）め、前期（ぜんき）と変（かは）りて奥行（おくゆき）ある、緑色勝（みどりいろが）ちの画（ぐわ）を描（ゑが）いて居（ゐ）た、それより後（のち）十年（ねん）の三期（き）は今日吾人（こんにちごじん）が所謂（いはゆる）「コラン」の画風（ぐわふう）として了解（れうかい）する軽淡（けいたん）の色彩（しきさい）となり、時（とき）に依（よ）りては唯（た）だ一面白（おもしろ）く見（み）へるとのある位（くらゐ）にまで淡（うす）い、其調子（そのてうし）は二期（き）には同（おな）じ緑色（みどりいろ）にしても温（あたゝ）か味（み）の無（な）かつたものが此（この）三期（き）に至（いた）りては夫（そ）れを含（ふく）んで来（き）た、尚（な）ほ進（すゝ）みて最近（さいきん）の彼（か）れの色（いろ）は稍（や）や赤味（あかみ）を交（ま）ぜたやうな黄色（きいろ）が多（おほ）く、人物（じんぶつ）も以前（いぜん）と異（ことな）り、痩（や）せた細（ほそ）い歌麿式（うたまろしき）と謂（い）ツたような形（かたち）を描（ゑが）いて居（ゐ）る。＠◎「コラン」は現時（たうじ）六十一二歳（さい）といへば、此（この）「弾手（だんしゆ）」は精々（せいぜい）三十歳（さい）か或（あるひ）は其（そ）れにも足（た）らざるころの製作（せいさく）である、之（これ）を見（み）て熟々今日（つくづくこんにち）の盛名（せいめい）の偶然（ぐうぜん）でなきことを考（かんが）へた自分（じぶん）は更（さら）に斯（か）くと聞（き）きて同（おな）じ感（かん）を深（ふか）ふする読者（どくしや）の必然多（ひつぜんおほ）きを信（しん）ずる。（芳陵） | |
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