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白馬会関係新聞記事 第11回白馬会展

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白馬会展覧会評(二)
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| 破裂刀 | 日本 | 1907(明治40)/10/22 | 1頁 | 展評 |
△山本森之助氏 数(すう)から云(い)つても、大(おほ)きさから見(み)ても、此人(このひと)の作(さく)が場中(ぢやうちう)を圧倒(あつとう)して居(ゐ)る、それでは出来栄(できば)えは奈何(どう)、@海岸(かいがん)の松(まつ)、大分大(だいぶおほ)きなものだ、海岸(かいがん)に松(まつ)の木(き)が二三本(ほん)あつて、それに余(あま)り強(つよ)く無(な)い日光(につくわう)が當(あた)つて居(ゐ)る景(けい)である、巧(うま)いものだ、余程巧(よほどうま)い、松(まつ)の色(いろ)なんか実(じつ)に能(よ)く出(で)て居(ゐ)る、地上(ちじやう)の投影(とうえい)も悪(わる)く無(な)い、若(も)し強(し)いて欠点(けつてん)を探(さが)すならば太陽(たいやう)の所在(しよざい)が明(あきらか)で無(な)いことと、地(ち)の力(ちから)に較(くら)べて空(そら)が余(あま)り薄弱(はくじやく)であることだ、も少(すこ)し空(そら)を広(ひろ)く取(と)つたらよからうと思(おも)ふ、それから岸(きし)に近(ちか)くある帆船(はんせん)が馬鹿(ばか)に小(ちい)さく見(み)える、向(むか)ふへ傾(かたむ)いてある所(ところ)かも知(し)れぬが、それには其説明(そのせつめい)を欠(か)いて居(ゐ)る、然(しか)し是等(これら)の小欠点(しようけつてん)は此(これ)が場中第(ぢやうちうだい)一の傑作(けつさく)たるを否(いな)むことが出来(でき)ぬ、@海岸(かいがん)の松(まつ)よりは少(すこ)し小(ちいさ)いが、尚(なほ)一点海浜(てんかいひん)を描(ゑが)いたものがある、ヤツパリ巧(うま)い、実際感心(じつさいかんしん)する、殊(こと)に波(なみ)が遺憾無(ゐかんな)く表(あら)はれて居(ゐ)る、之(これ)を彼(か)の中沢氏(なかざはし)の「嵐(あらし)の跡(あと)」に較(くら)べると、一段(だん)の差(さ)とは思(おも)はれ無(な)い、只(たゞ)ヤツパリ下(しも)が強(つよ)すぎるやうに思(おも)はれる、@其他小(そのたちい)さいものは数(すう)十点見(てんみ)える、何(いづ)れも結構(けつかう)だ、此春(このはる)一等(とう)に入(い)つた初夏(しよか)の南都(なんと)もよかつたが、今回(こんくわい)の作品(さくひん)を見(み)ると、少(すくな)からず氏(し)の技倆(ぎりやう)に敬服(けいふく)すべきものがある、@△中沢弘光氏、氏(し)の出品(しゆつぴん)も少(すくな)く無(な)い方(はう)だ、小(ちい)さな画面(ぐわめん)に何(ど)れもこれも赤(あか)い色(いろ)や青(あを)い色(いろ)が―敢(あえ)てナマとは云(い)は無(な)い―チラチラ眼(め)について実(じつ)に美(うつく)しい、美(うつく)しいのは氏(し)の特色(とくしよく)だ@会場(くわいぢやう)の奥(おく)に突當(つきあた)つた所(ところ)に大作(だいさく)が一枚(まい)ある裸体(らたい)の女(をんな)が瀧(たき)に打(う)たれて居(ゐ)る所(ところ)である、水沫(すゐまつ)で全体(ぜんたい)が淡(あは)く、人間(にんげん)が死(し)んだやうだ、イヤ之(こ)れは悪口(わるくち)であつた、然(しか)し奈何(いか)に引目(ひきめ)にみてもよい作(さく)とは云(い)ひ兼(か)ねる、第(だい)一身体(からだ)が非常(ひじやう)にコソイ、四肢(し)の運動(うんどう)が少(すこし)も無(な)い、而(しか)してモデル臭(くさ)い、其上男(そのうへをとこ)か女(をんな)かハツキリしない、尤(もつと)も此(この)モデルは甞(かつ)て自分(じぶん)も使(つか)つたことがあつて、ヤリ難(にく)いことは知(し)つて居(ゐ)るが、此出来栄(このできばえ)では聊(いさゝ)かモデルに気(き)の毒(どく)だ、夫(そ)れから全体(ぜんたい)に亘(わた)りて濃淡(のうたん)の悪(わる)いのは誰(た)れが見(み)ても直(す)ぐ気(き)がつくことと思(おも)ふ、重(かさ)ねて云(い)ふが四肢殊(しこと)に手(て)の運動(うんどう)を欠(か)いて居(ゐ)るのは一考(かう)して貰(もら)ひたい、全体日本人(ぜんたいにほんじん)は―自分(じぶん)も純粋(じゆんすゐ)の日本人(にほんじん)だよ仏探(ふつたん)などゝ間違(まちが)へて呉(く)れては困(こま)る―常(つね)に此弊(このへい)に陥(おちい)るので、近(ちか)い例(れい)は春(はる)の博覧会(はくらんくわい)が示(しめ)して居(ゐ)る、然(しか)し之(こ)れは絵画(くわいぐわ)に限(かぎ)ら無(な)い、彫刻(てうこく)でもヤツパリ左様(さやう)だ。

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