| 一、風景及びデッサン等（小林千古）＠△小林千古（こばやしせんこ）といふ名（な）は今度（こんど）の会（くわい）に始（はじ）めて見（み）えたやうであるが、其画（そのぐわ）の多（おほ）きこと場中（ぢやうちう）一番（ばん）である。聞（き）く処（ところ）によると米国（べいこく）の修行（しゆげふ）であるさうなが、さう思（おも）ふと、なんとなく米国臭（べいこくくさ）くて、画（ぐわ）に一種（しゆ）の軽薄（けいはく）な調子（てうし）がある。素人（しらうと）の目（め）からは小意気（こいき）なと思（おも）はれるやうな筆（ふで）つきではるが、其意気（そのいき）な気（き）の利（き）いた風（ふう）が米国（べいこく）から流行（りうかう）して来（き）たハイカラ頭（あたま）の髪（かみ）の刈（か）りやうと意味（いみ）の貫通（くわんつう）があるらしく、人（ひと）をして思（おも）はず失笑（しつせう）せしめる、仏画（ふつぐわ）めいたものに崇高（すうかう）の気（き）なく、大（おほ）きな景色（けいしよく）にも自然（しぜん）の雄大（ゆうだい）な趣（おもむ）きがない。著色（ちやくしよく）とか筆力（ひつりよく）とかいふ問題（もんだい）にはまだまだ距離（きより）があつて殆（ほとん）ど評（ひや）する詞（ことば）を発見（はつけん）せぬ、世界（せかい）にかういふものでも絵画（ゑぐわ）として持（も）て囃（はや）されるとすれば、種々悪口（しゆじゆわるくち）はいふものゝ日本（にほん）の油絵（あぶらゑ）などはまだまだ末頼（すゑたのも）しいと言（い）ふべきであらう。兎（と）に角巴里（かくぱり）の本場処（ほんばしよ）の気風（きふう）を輸入（ゆにう）して何処（どこ）かに真面目（まじめ）な処（ところ）のある我（わ）が画界（ぐわかい）に、かゝる米国風（べいこくふう）の軽薄（けいはく）な分子（ぶんし）は混入（こんにふ）したくない。心（こゝろ）ある人（ひと）にはそれぞれ意見（いけん）もあることであらうが、かく沢山（たくさん）の画（ぐわ）を一時（じ）に列（つら）ねられると、白馬会（はくばくわい）が其風下（そのかざしも）に立（た）ちはせぬかと少々心配（せうせうしんぱい）されるのである。＠◎新（あた）らしいものと、一寸気（ちよつとき）の利（き）いたといふやうなものゝ持（も）てる日本（にほん）ではかゝる画風（ぐわふう）が或（あるひ）は存外受（ぞんぐわいう）けるかも知（し）れぬ。御用心御用心（ごようじんごようじん）などは人（ひと）が悪（わる）いかも知（し）れぬが、千古氏（せんこし）にも尚再応（なほさいおう）の研究（けんきう）を希望（きばう）したい。コランの大作（たいさく）などは氏（し）の眼中（ぐわんちう）に如何（いか）に映（えい）ずるかは知（し）らぬが、兎（と）に角著筆彩色（かくちやくひつさいしよく）に今少（いますこ）し堂々（だうだう）とした処（ところ）の趣味（しゆみ）あるべきを欲（ほつ）するのである。＠一、エスキース（青木繁）＠△何（なに）か歴史上（れきしじやう）の事柄（ことがら）を画（か）いたものであらうが、まだデッサンに過（す）ぎぬ。画（ぐわ）も此位（このくらゐ）でやめて置（お）けば楽（らく）なもので、これからがむつかしいのである。併（しか）し何処（どこ）かに面白味（おもしろみ）がある。＠◎この作者（さくしや）の画（ぐわ）は前回（ぜんくわい）あたりから一種（しゆ）の特色（とくしよく）を発揮（はつき）して来（き）た。この会（くわい）には珍（めづ）らしい磊落（らいらく）なやりかたで、其大（そのおほ）まかな処（ところ）は珍（ちん）とすべきである。或（あるひ）は繊巧（せんこう）を主（しゆ）とする中（なか）に交（まじ）つてをるから目立（めだ）つのかも知（し）れぬが、今度（こんど）の画幅（ぐわふく）も裸体（らたい）の男（をとこ）の仰（あふ）のけにのけぞつてをる態度（たいど）などは随分思（ずゐぶんおも）ひきつてをる。青年（せいねん）の作（さく）としてはこれ位（くらゐ）の意気（いき）あらん事（こと）を欲（ほつ）する、これが必（かなら）ずしも上出来（じやうでき）といふのでない。たゞ筆（ふで）つきのうつくしい女（をんな）や子供（こども）にすかれるやうな画（ぐわ）に苦心（くしん）する者（もの）と撰（せん）を異（こと）にするのを喜（よろこ）ぶのである。＠一、水彩画（三宅克巳）＠△随分沢山（ずいぶんたくさん）の作（さく）で勉強驚（べんきやうおどろ）くべしであるが中（なか）には余（あま）りに技巧（ぎこう）を弄（ろう）して画面（ぐわめん）が豆細工（まめざいく）かと疑（うたが）はれるのもある。それに一体（たい）の色（いろ）は何処（どこ）となく濁（にご）つてをつて光（ひか）りがない、今少（いますこ）し明透（めいとう）ならん事（こと）を希望（きばう）せざるを得（え）ぬ。＠◎中（なか）には苦心（くしん）の作（さく）も見（み）えるが、今一々其（いまいちいちその）一幅（ぷく）を題（だい）として研究（けんきう）するの余地（よち）のないのを遺憾（ゐかん）とするのである。＠一、デッサン（シヤバンス）＠紀念展覧会（きねんてんらんくわい）の前（まへ）に掛（かゝ）つてをる小幅（せうふく）であるが、矢張（やはり）十九世紀末（せいきすゑ）の大家（たいか）の面影（おもかげ）がほの見（み）えてなつかしい。これと併（なら）んで＠一、風景（イースト）＠の小幅（せうふく）もある。イーストは日本（にほん）にも来（き）たことのある人（ひと）である。クスンダ疎画（そぐわ）のやうではあるが、色（いろ）の精篳（せいひつ）は発揮（はつき）されてをつて、これも珍物（ちんぶつ）の一つである。＠◎其他紀念展覧（そのたきねんてんらん）として古（ふる）い画（ぐわ）が四五室（しつ）に分（わ）けて陳列（ちんれつ）してあるが、これは今更批評（いまさらひゝやう）をする迄（まで）もなく各人（かくじん）に馴染（なじみ）のある画（ゑ）が多（おほ）い。こゝには態（わざ）と何事（なにごと）をも書（か）かぬ。（完、同行二人） |
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