| 一、老人物（南薫造）＠△人物画（じんぶつゑ）があれば十分批評（ぶんひゝやう）して見（み）たいと思（おも）ふに、どうも問題（もんだい）にするやうな画（ゑ）がない。この老人物（ろうじんぶつ）も骨格（こつかく）と言（い）ひ、肉（にく）の色（いろ）と言（い）ひ、どうも人間（にんげん）らしい感（かん）じが起（おこ）らぬ。筆（ふで）つきが如何（いか）にも縮（ちゞ）まつて居（ゐ）るせいか人物迄（じんぶつまで）が堅（かた）く押（お）しすくめられたやうに思（おも）はれる。＠◎一老人（ろうじん）が窓（まど）に向（むか）つて物（もの）に腰掛（こしか）けて居（ゐ）る絵（ゑ）である。窓（まど）の光線（くわうせん）を受（う）けた塩梅（あんばい）など作者（さくしや）の苦心（くしん）の存（そん）ずる処（ところ）であらうが、何分渾然（なにぶんこんぜん）とした処（ところ）がない。一言（げん）にして評（ひや）せば生硬（せいかう）といふのであらう。景色（けいしよく）の絵（ゑ）には相応（さうおう）に成功（せいこう）してをり又（ま）た器用（きよう）をも弄（ろう）して居（ゐ）る同（おな）じ作者（さくしや）にして、人物絵（じんぶつゑ）は斯（か）くの如（ごと）き失敗（しつぱい）に終（をは）つてをる人物描写（じんぶつべうしや）の至難（しなん）なること今更（いまさら）ながら押（お）して知（し）るべきである。＠一、海岸の景（橋本邦助）＠△主（しゆ）な地面（ぢめん）の景色（けいしよく）よりも客（きやく）の空（そら）の雲（くも）の方（はう）が強（つよ）くて、主客其権衡（しゆかくそのけんかう）を失（しつ）して居（ゐ）る。此人（このひと）の作（さく）は今（いま）一枚池辺（まいちへん）の家鴨（あひる）を画（か）いたのがある。其図（そのづ）を見（み）ると、池（いけ）の水模様（みづもやう）と言（い）ひ、家鴨（あひる）の羽色（はいろ）と言（い）ひ、随分（ずいぶん）こまかに骨（ほね）を折（を）つてあつてこの海岸（かいがん）の図（づ）に比（くら）べると別手（べつしゆ）に出（い）づるが如（ごと）き観（くわん）がある。併（しか）し惜（をし）むらくは韻致（ゐんち）に乏（とぼ）しい。殊（こと）に家鴨（あひる）を追（お）ふてをる女（をんな）などは人物（じんぶつ）になつてをらぬ。この画（ゑ）は家鴨（あひる）の方（はう）を可（か）とするのであらうか、掛（か）ける場所（ばしよ）まで違（ちが）へてあるけれども、予（よ）は海岸（かいがん）の方（はう）を寧（むしろ）ろ採（と）るのである。＠◎海岸（かいがん）といふよりも大（おほ）きな河（かは）か又（また）は運河（うんが）などの沿岸（えんがん）らしく見（み）える。野（の）は果（はて）もなく広々（ひろびろ）としてをつて大空（おほぞら）に雲（くも）が涌（わ）き立（た）つてをる。珍（めづ）らしい場所（ばしよ）でないのみか、かういふ絵（ゑ）は白馬会（はくばくわい）としては陳腐（ちんぷ）になつた。昨年（さくねん）あたりからであるが、曠野又（くわやまた）は蒼海（さうかい）の涯（かぎ）りないのを下（した）に平（ひら）たくかいて、空模様（そらもやう）を写（うつ）す絵（ゑ）が、この会（くわい）の流行（りうかう）の如（ごと）くなつて来（き）た。今回（こんくわい）も類似（るゐじ）の絵（ゑ）が数（かぞ）へられぬ程（ほど）ある。それから言（い）へば家鴨（あひる）の図（づ）は多少（たせう）かはつた処（ところ）を見附（みつ）けて居（ゐ）るたゞ女（をんな）だけは無（な）くもがなで、あたら好幅（かうふく）を傷物（きずもの）にした観（くわん）がある。＠一、群馬の図（和田三造）＠△場中（ぢやうちう）の大幅（たいふく）で田舎（ゐなか）の裸馬（はだかうま）を沢山（たくさん）に画（か）いてをる。全体（ぜんたい）の位置（ゐち）とか、人物（じんぶつ）の配合（はいがふ）とか、画面（ぐわめん）の韻致（ゐんち）とかいふやうなことは暫（しば）らく別問題（べつもんだい）として見（み）ると、兎（と）に角思（かくおも）ひきつた大作（たいさく）で、何処（どこ）となく青年（せいねん）の意気（いき）が画面（ぐわめん）に現（あら）はれてをつて心持（こゝろもち）がよい。今少（いますこ）しデツサンを十分（ぶん）にやれば一層好画幅（そうかうぐわふく）となつたであらう。例（れい）せば右（みぎ）に立（た）つ老人（ろうじん）などは徒（いたづら）に顔（かほ）が大（おほ）き過（す）ぎる、馬（うま）に腰掛（こしか）けた女（をんな）なども足（あし）の具合（ぐあひ）が変（へん）である。若（も）しこまかく穿鑿（せんさく）すれば馬（うま）の骨格（こつかく）なども怪（あや）しい点（てん）がなきにしもあらずだ。併（しか）し毛色抔（けいろなど）はよく出（で）て居（を）つて田舎（ゐなか）の駄馬（だば）らしい処（ところ）が歴然（れきぜん）として居（ゐ）る。大幅（たいふく）を作（な）すといふことが目的（もくてき）ではないけれども、少（すこ）しの欠点位（けつてんぐらゐ）にピリピリせずにこれ丈（だけ）の物（もの）を仕上（しあげ）げ伎倆（ぎりやう）は敬服（けいふく）すべきである。序（ついで）に同図（どうづ）と対（たい）して＠一、耕牛の図（赤松麟作）＠の大幅（たいふく）があるが、これは全面蕪雑（ぜんめんぶざつ）とでも評（ひやう）すべきで、殆（ほとん）ど比較（ひかく）すべきものでない。尤（もつと）もかゝる大作（たいさく）は其技倆（そのぎりやう）に応（おう）じなければ失敗（しつぱい）に終（をは）るのが普通（ふつう）であるから、別（べつ）に異（い）とするに足（た）らぬが、それを見（み）ても群馬（ぐんば）の図（づ）の多少（たせう）の成功（せいかう）を認（みと）めねばならぬ。（同行二人） |
目次 |
戻る 
進む 