| △藤島武二君の諧音は場中屈指（ぢやうちうくつし）の佳作（かさく）なり。其形状（そのけいじやう）の整（ととの）へるは言（い）ふまでもなく、調色（てうしよく）の穏雅（をんが）にして明快（めいくわい）なる、洵（まこと）に能（よ）く題目（だいもく）と相応（あいおう）して、観者（くわんしや）によき感じを与（あた）へ、風韻掬（ふういんきく）すべきものあり。＠△北蓮蔵君の吹笛は経営苦心（けいえいくしん）の作（さく）と見（み）ゆれども情余（じやうあま）りて筆到（ふでいた）らざるを憾（うら）みとす。添乳の如（ごと）きも今少（いますこ）しく精練（せいれん）を要（えう）するなり。殊（こと）に後向（うしろむ）ける男（をとこ）もわざとらしき処（ところ）あり、又意味（いぐわい）の模稜（もれう）なる点（てん）あるが如（ごと）し。然（しか）れども予（よ）は君（きみ）がスケツチの風景画（ふうけいぐわ）の小品（せうひん）に御茶（おちや）を濁（にご）すが如（ごと）きことをなさず、常（つね）にコンポジシヨンに力（ちから）を盡（つく）すを多（た）とするものなり。請（こ）ふらくは惰（おこた）るなからんと。＠△三宅克己君の水彩画（すゐさいぐわ）の精練（せいれん）なる海内他（かいないた）に其儔（そのちう）を見（み）ず、これを海外（かいぐわい）に出（いだ）すも亦多（またおほ）く遜色（そんしよく）なきを思（おも）ふたそがれ、日の出の作（さく）の如（ごと）き何等（なんら）の佳趣（かしゆ）ぞ、何等（なんら）の風致（ふうち）ぞ、而（しか）して其幀幅（そのてうふく）の小（せう）なるに拘（かゝは）らず、頗（すこぶ）る濶大（くわつだい）の趣（おもむき）に富（と）む。＠△芋畑もまた佳（か）なれども前景（ぜんけい）に少（すこ）しく難（なん）あるを覚（おぼ）ゆ。コロンボ埠頭の夕陽（せきよう）は能（よ）く其真趣（そのしんしゆ）を伝（つた）へて、画中（ぐわちう）アラゝポンピアンの声（こゑ）ある心地（ここち）す。＠△和田英作君の思郷は前年（ぜんねん）サロンに出品（しゆつぴん）せられ、シヤンゼリゼー街頭（がいたう）グラン、パレーの裡（うち）に飾（かざ）られたることある画（ぐわ）なり。作者（さくしや）も自覚（じかく）しつゝあることならんが、これを思郷（しけう）と題（だい）しては、其顔面（そのがんめん）の表情未（へうじやういま）だ全（まつた）からざるなり。＠△点景（てんけい）の情（じやう）を助（たす）くるものなく、殆（ほとん）ど肖像画（せうざうぐわ）に均（ひと）しき孤立（こりつ）の少女（せうぢよ）の画（ぐわ）に対（たい）し、一見人（けんひと）をして懐郷（くわいけう）に堪（た）えざる底（てい）の意（い）を了（れう）せしむ。もとこれ容易（ようい）の業（わざ）に非（あら）ずと雖（いへど）も、和田君（わだくん）の技能（ぎのう）にしては、これを良（よ）くする能（あた）はざるの理（り）なし、しかも其表情（そのへうじやう）の充分（じうぶん）ならざるは寧（むし）ろ怪（あや）しむべきなり。＠△同君（どうくん）乃父の肖像（せうざう）はよく情趣（じやうしゆ）を発揮（はつき）せり。■亭工学士の肖像（せうざう）は余（よ）の最（もつと）も愛（あい）するの作（さく）なり、描法（べうはふ）ボチエチエリの風（ふう）ありて、色調（しよくてう）の淡雅清秀大（たんがせいしうおほい）に喜（よろこ）ぶべし。夕凪は最近（さいきん）の作（さく）なりと聞（き）く。夕栄（ゆうば）えの雲（くも）、膏（こう）の如（ごと）き海（うみ）にうつりたるなど詩趣多（ししゆおほ）く、色彩亦清透（しきさいまたせいたう）なり。もし富士山（ふじさん）なくば地中海辺（ちゝうかいへん）ならずやとも思（おも）はれき。＠△特別室（とくべつしつ）に掲（かゝ）げられたる岡田三郎助君の花の香は宮大工（みやだいく）の彫刻（てうこく）を観（み）るが如（ごと）き感（かん）ありてやゝ■媚（■び）なるを厭（いと）ふ。且（か）つ輪廓（りんくわく）に首肯（しゆかう）し難（がた）き点（てん）ありき。京の雨は同君得意（どうくんとくい）の鮮麗（せんれい）なる色彩（いろどり）には恰好（かつかう）の画題（ぐわだい）なり。鼓（つゞみ）を締（し）めつゝある舞妓（ぶぎ）もまた同（おな）じ。共（とも）に瀟洒（せうしや）の風致愛（ふうちあい）すべし。題（だい）なかりしかど樹林（じゆりん）を画（ゑが）きし小幅又捨（せうふくまたす）てがたき趣（おもむき）ありき。＠△中丸精十郎君の細径、やゝこしらへ過（す）ぎたる嫌（きらひ）はあれど、色調（しきてう）の穏健愛（をんけんあい）すべき小品（せうひん）なりし。＠△湯浅一郎君の画室これ亦特別室中（またとくべつしつちう）に封（ほう）ぜられたるものながら、洵（まこと）に穏（おだや）かにして無難（ぶなん）なる着実（ちやくじつ）なる作（さく）なりし。＠△黒田清輝君の春秋（しゆんしう）二幀（たふ）は流石（さすが）に雍容迫（ようようせま）らざる態（たい）あり、余（よ）は春（はる）の人物（じんぶつ）を秋（あき）のそれに優（すぐ）れりと観（み）たりき。たゞし後景（こうけい）は寒（さむ）き感（かん）を惹起（じやき）せしむ。景（けい）は秋（あき）の幅（ふく）よく調和（てうわ）したるを覚（おぼ）ゆ。＠△黒田君（くろだくん）をはじめ山本（やまもと）、岡田（をかだ）、湯浅（ゆあさ）、ヘンリーデユーモン諸君（しよくん）の画（ぐわ）は不幸（ふかう）にして警察眼（けいさつがん）なるものゝ為（ため）に其苦心（そのくしん）を幕（まく）の中（うち）に封（ほう）ぜられぬ。門標（もんへう）の上（うえ）に在（いま）せる美神（びじん）これを何（なん）とか見（み）る。宜（よろ）しく其車駕（そのしやが）を急（いそ）ぎ下谷（したや）に巡（めぐ）らし此厄（このやく）を救（すく）ひ給（たま）ふべし。＠△跡見、群司、其他（そのた）の諸君（しよくん）の所作（しよさく）の中（うち）、又（また）は中沢弘光君の水彩画（すゐさいぐわ）などに就（つ）き、聊（いさゝ）か卑見（ひけん）を陳述（ちんじゆつ）すべきもの無（な）きにあらねど、訴懶（そらい）の性癖（せいへき）はもはや筆（ふで）を労（ろう）するに堪（た）えず。遂（つひ）にこゝに擱（さしお）くことゝなりぬ。＠△若（も）し夫（そ）れヴエラスケス、ミレ、クールベー、の古名家（こめいか）、コラン、プラングエの現在大家（げんざいたいか）の所作（しよさく）に至（いた）つては一々余（よ）が曾遊（そいう）を憶（おも）ひ起（おこ）さしむるの種子（しゆし）たらずんばあらず。余（よ）は稿（かう）を改（あらた）めて、コ氏（し）プ氏（し）に相見（あいまみえ）し當事（たうじ）の情況（じやうきやう）を記（き）して其評（そのへう）に代（か）へんと欲（ほつ）す。 |
目次 |
戻る 
進む 