| ◎白馬会（はくばくわい）（つゞき）＠△天平の面影 作家藤島武（さくかふぢしまたけ）二氏人（しひと）に語（かた）りて曰（いは）く、此画（このぐわ）を描（えが）くに至（いた）りし動機（どうき）とも称（しよう）すべきハ昨年奈良（さくねんなら）に遊（あそ）びて普（あまね）く古画古仏像（こぐわこぶつぞう）を渉猟（せうれふ）し端（ゆく）りなくも正倉院珍襲（しやうさうゐんちんしふ）の箜篌（くご）を一見（けん）したり。抑（そもそ）も此（こ）の箜篌（くご）ハ今（いま）より一千年（ねん）の昔聖武天皇（むかしゝやうむてんのう）の御宇知（ぎようし）ろし召（め）す天平（てんぴやう）の頃渡来（ころとらい）したりとの伝説（でんせつ）に基（もとづ）き種々（しゆじゆ）の歴史的事実（れきしてきじゞつ）を湊合（そうがふ）して終（つひ）に画題（ぐわだい）に想到（さうたう）したるにて、その目的（もくてき）ハ及（およ）ばずながら是（こ）れに依（よ）りて以（もつ）て當時随唐（たうじずゐたう）との交通甚（かうつうはなはだ）しく我国（わがくに）の文物制度（ぶんぶつせいど）ハ悉（ことごと）く其風（そのふう）を模傚（もかう）せし其情態（そのじやうたい）を髣髴（はうふつ）として画面（ぐわめん）に表現（へうげん）せんとするに在（あ）り。而（しかう）して之（これ）を描（えが）くにハ古代画風（クラシツクふう）により、婆裟（ばさ）たる天女（てんによ）の服装（ふくさう）の如（ごと）きハ天平時代宮中貴嬪（てんぴやうじだいきうちうきひん）の服装（ふくさう）を混（こん）じて彫刻（てうこく）したりとの説（せつ）ある浄瑠寺（じやうるじ）の吉祥天（きちじやうてん）、二月堂（だう）の日天月天（につてんくわつてん）、醍醐（だいご）三宝院（ぽうゐん）の過去因果経（くわこいんぐわきやう）、及（およ）び正倉院御物樹下美人等（しやうさうゐんぎよもつじゆかびじんとう）を参考（さんかう）したるなり云々（うんぬん）と善哉言（よいかなげん）や、作家（さくか）にして即（すで）にこの抱負（はうふ）あり以（もつ）て画面（ぐわめん）に臨（のぞ）む。渾然（こんぜん）一灑必（しやかな）らず其真（そのしん）を発揮（はつき）し得（う）べき歟（か）。＠この画（ぐわ）ハ氏（し）が衝立（ついたて）にとて描（えが）かんとせし其半隻（そのはんせき）にして且（か）つ未成品（みせいひん）なれバ、余輩多（われおほ）くをいふを好（この）まざれども、一言以（げんもつ）て注意（ちうい）したきハ其面貌に在り。作家（さくか）が選（えら）びし彼（か）の面長（おもなが）の相貌（さうばう）ハ因果経（いんぐわきやう）に依（よ）りしか何（いづ）れによりしかを詳（つまびらか）にせずと雖（いへど）も、作家（さくか）が基（もとづ）きたりといふ樹下美人（じゆかびじん）も、吉祥天（きちじやうてん）も、日天月天（につてんがつてん）も共（とも）に一種（しゆ）の天平顔（てんぴやうがん）とも称（しよう）すべき下膨（しもぶく）れなる円（まる）き面貌（おもざし）にて、彼（か）の如（ごと）く細長（ほそなが）き相貌（さうばう）ハ余輩（われ）の知（し）れる限（かぎ）りの天平時代（てんぺいじだい）の絵画彫刻（くわいぐわてうこく）に於（おい）てハ未（いま）だ曾（かつ）て見（み）ざる所成（ところなり）。固（もと）よりこハ作家（さくか）がモデルとしたる婦人（ふじん）の相貌（さうばう）の斯（かく）の如（ごと）かりしにも依（よ）るべけれど、苟（いやし）くも天平（てんぴやう）の面影（おもかげ）といふ以上（いじやう）ハ少（すこ）しく此辺（このへん）にも注意（ちうい）ありたき者成（ものなり）。且（かつ）やその相貌（さうばう）のみならず、其時代精神（そのじだいせいしん）の特徴（とくちよう）ともいふべきを、髣髴（ほうふつ）として形相（ぎやうさう）の上（うへ）に表現（へうげん）せざれバ作家（さくか）が當初（たうしよ）の意志（いし）にも反（はん）するなるべし。記（しる）して以（もつ）て成画（せいぐわ）の後（のち）を俟（ま）つ（仏）。
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