| 三井由太郎 秋の木立が先（ま）づ佳作（かさく）だ調子（てうし）の強（つよ）い眼（め）も輝（かゞや）く様（やう）な丈夫（ぢやうぶ）らしい画（ゑ）で荒（あら）く使（つか）つた筆（ふで）に一種（しゆ）の奇才（きさい）が顕（あら）はれて居（ゐ）るが、欠点（けつてん）も又其処（またそこ）に有（あ）るので筆使（ふでつか）ひの為（た）めに細（こま）かな研究（けんきう）が出来（でき）てゐない様（やう）で有（あ）る。小（ちい）さいのでハ一一八の風景（ふうけい）が佳作（かさく）だ。＠岡四郎 の人物、此様云（かうい）ふ暗（くら）い画（ゑ）を此丈（これだけ）にこなすのハ中々困難（なかなかこんなん）な事（こと）で色（いろ）も其程厭（それほどいや）な感（かん）じが為（し）ない、手（て）に持（もつ）た本（ほん）が一番好（ばんよ）く描（かい）てある、顔（かほ）ハ些（いさゝ）か濁（にご）つた色（いろ）が有（あ）る。後（うし）ろのベツキの色（いろ）が今少（いますこ）し奥深（おくふか）く見（み）える様（やう）にして貰（もら）ひ度（た）い。風景（ふうけい）ハ樹蔭と云（い）ふのが最（もつと）も佳作（かさく）だ。＠高木誠一 の蛇骨川、或人（あるひと）ハ緑青（りよくせう）を噴（ふ）き出（だ）す山（やま）だと云（い）つたが先（ま）づ其様（さう）とより外（ほか）に云（い）ひ様（やう）が無（な）い此（こ）の画（ぐわ）で好（い）いのハ谷川（たにがは）に渡（わた）して有（あ）る橋（はし）だ。小品（せうひん）でハ雨と石階が無難（ぶなん）だ。＠柴崎恒信 の海ハ愚作（ぐさく）だ、海（うみ）の水（みづ）も波（なみ）も岩（いは）も好（よ）い加減（かげん）な物（もの）だ、岩（いは）なぞハ恰（まる）で土細工（つちざいく）の様（やう）だ、色（いろ）もペンキの様（やう）な厭（いや）な臭（にほひ）が有（あ）る、小品（せうひん）の風景といふ菜（な）の花（はな）の画（ぐわ）が一番好（ばんよ）い。＠推塚修房 の春の雨と炎暑、春（はる）の雨（あめ）の趣（おもむ）きハ実（じつ）に好（よ）く描（ゑが）かれて有（あつ）て雨（あめ）に烟（けむ）る森（もり）の色（いろ）、雨中（うちう）の花（はな）の霏々（ひゝ）として散（ち）る様（さま）、濡（ぬ）れたる土（つち）の色（いろ）、皆巧（みなうま）くこなして有（あ）るが極（ご）く近景（きんけい）の麦畑（むぎはた）の色（いろ）が些（いさゝ）か調子（てうし）をはづしてゐる。炎暑ハつまらぬ位置（ゐち）をつまらなく描（か）いた物（もの）だ。＠出口清三郎 の犬吠岬、岩（いは）が柔（やはら）かくて豆腐（とうふ）の様（やう）だ、水（みづ）の色（いろ）も汚（きた）ない。＠赤松麟作 の収穫、場中（ぢやうちう）の大作中最（たいさくちうもつと）も巧（たくみ）に描（ゑが）かれて居（ゐ）るのハ此（こ）の収穫（しうくわく）で有（あ）る、秋（あき）の空（そら）ハ高（たか）く日（ひ）ハ午後（ごゞ）と覚（おぼ）しき斜（なゝめ）の影（かげ）を落（おと）し、遠山（とほやま）ハ鮮（あざ）やかに蜒蜿（えんえん）として連（つらな）り、下（した）に敷（し）く千町田（ちまちだ）ハ実（みの）り豊（ゆた）かに茅屋両（ばうおくりやう）三戸其（こそ）の間（あひだ）にほの見（み）えて鳴子（なるご）の竹（たけ）の所々（しよしよ）に立（た）てる傍（かたへ）にハ相対（あいたい）して稲（いね）を苅（か）る者（もの）、半白（はんぱく）の老爺（らうや）ハ稲（いね）をこきながら今（いま）しも手（て）を止（と）めたる所（ところ）、中央（ちうおう）にハ田舎（ゐなか）の小娘（こむすめ）の、背（せなか）に幼児（えうじ）を負（おぶ）つて余念（よねん）なく立（た）てる後（うしろ）からハ母（はゝ）と覚（おぼ）しき肥肉（ふとりじゝ）の女（をんな）が紐（ひも）を持（もつ）て結（むす）ばうとする所（ところ）を描（か）いた物（もの）で、人物（じんぶつ）の配置（はいち）から形（かたち）、色（いろ）に至（いた）る迄極（まできは）めて好（よ）く描（ゑが）かれて有（あ）る、出来（でき）の上（うへ）から云（い）へバ、去年（きよねん）の夜汽車（よぎしや）よりハ上（じやう）の作（さく）で好（よ）くまとまつてハゐるが、個々（こゝ）に云（い）へバ此（こ）の作（さく）にハ欠点（けつてん）が多（おほ）い、第（だい）一、娘（むすめ）の顔（かほ）に射（うつ）つた日（ひ）の光（ひか）りが手拭（てぬぐひ）の影（かげ）の色（いろ）の汚（きた）ないのや、遠山（とほやま）に荒（あら）く使（つか）つた黄（きな）い皺（しは）のペンキ色（いろ）の様（やう）な厭味（いやみ）なのハ随分多（ずゐぶんおほ）いが然（しか）し見（み）た処気持（ところきもち）の好（い）いのハ此（こ）の画（ぐわ）の特色（とくしよく）である。
|
目次 |
戻る 
進む
