| ○小林萬吾氏（し）は毎回大物（まいくわいおほもの）を書（か）くやうだが何時（いつ）ぞやの門附けが其中（そのうち）で出来（でき）て居（ゐ）たと思（おも）ふ此度（このたび）は又（また）一層（そう）の大作水難救済会（たいさくすゐなんきうさいくわい）の壁画（へきぐわ）難破船救助を掲（かゝ）げ評判（へうばん）も宜（よ）いはお仕合（しあは）せのことだ難船（なんせん）に出逢（であ）つた人（ひと）を救助器（きうぢよき）にて船（ふね）より下（お）ろす、擔架（たんか）にて運（はこ）ぶ、扶（たす）け起（おこ）して架（か）に上（のぼ）せんとする、此非常（このひぜう）の場合（ばあひ）に大勢（たいせい）の浜辺（はまべ）の男（をとこ）が立働（たちはたら）く様（さま）を描（ゑが）きたるにて、未成稿（みせいかう）と銘打（めいう）ちたれど、批評（ひへう）するものは現在示（げんざいしめ）されてあるまゝに就（つい）て論（ろん）ずるの外（ほか）はない、此（こ）れは斯（か）く直（なほ）せば云々（うんぬん）との希望（きばう）を云（い）ふは妨（さまた）げざるも、今後（こんご）のことを考（かんが）へ未成物（みせいぶつ）だからとて其評（そのへう）を為（せ）ずに置（お）くといふことは批評（ひへう）の遣（や）り方（かた）を誤（あやま）つて居（ゐ）る、従来我が批評家には斯ふ云ふ連中も多いので、一寸一言しておく。難船（なんせん）の際（さい）に於（お）ける空（そら）の険悪（けんあく）なる工合（ぐあひ）はよく写（うつ）されて居（ゐ）た。船（ふね）と人物（じんぶつ）との間（あひだ）に横（よこた）はれるは巨浪（きよらう）の山（やま）であらうが充分（じうぶん）に説明（せつめい）されて居（い）ない、人物（じんぶつ）は一ト通（とほ）りデツサンを研究（けんきう）して居（ゐ）るが膝（ひざ）の辺（あた）りは確（たし）かに往（い）ッて居（ゐ）ない、ソレに褌（ふんどし）がキチンと真（ま）ッ直（すぐ）に書（か）いてあるので造（つく）り物見（ものみ）たやうに見（み）へるのもある、右方（みぎかた）の走（はし）り居（を）る人物（じんぶつ）は少（すこ）しく生動（せいだう）を欠（か）いて居（ゐ）る、中央（ちうおう）の口（くち）の辺（へん）に手（て）を覆（おほ）いて遠（とほ）くに話（はな）し居（ゐ）る如（ごと）き人物（じんぶつ）、此（これ）は図中（づちう）で最（もつと）もよく情（ぜう）が発揮（はつき）されて居（ゐ）る、如何（いか）にも此場合（このばあひ）の有様（ありさま）が見（み）へ此（この）一人（にん）あるが為（た）めに全図（ぜんづ）に生動（せいだう）の気（き）を与（あた）へて居（ゐ）る、左方（さはう）の車（くるま）を転（ころが）し居（ゐ）る二人（にん）の裸体（らたい）は宛然（えんぜん）一ッの体に見（み）へ、褌（ふんどし）が前（まへ）にも言（い）つた如（ごと）く真（ま）ッ直（す）ぐに並（なら）び居（を）る為（た）め何（ど）ふやら木細工（きざいく）の玩弄物（おもちや）のやうにも見（み）へた、玩弄物（おもちや）といへば車（くるま）の輪（わ）は少々（せうせう）ボール細工（ざいく）の景色（けしき）があつた、併（しか）し彼（あ）れ丈（だ）けの人数（にんず）を夫々（それぞれ）の姿態（したい）に応（おう）じて画（ゑが）き、特（とく）に裸体（らたい）なれば一（ひ）ト通（とほ）りデツサンの研究（けんきう）をも重（かさ）ねたる苦辛（くしん）も認（みと）められ、近来（きんらい）の大作人（たいさくひと）の記臆（きおく）を値（あた）ひしたれば、一層（さう）の研究（けんきう）を経（へ）て此後（このご）の成効（せいかう）を希望（きばう）する、（牛門生）
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