| 中丸精十郎氏（し）は十九点（てん）の出品（しゆつぴん）あり旅行紀念（りよかうきねん）の海外風景（かいぐわいふうけい）十種（しゆ）ばかりいづれ優（まさ）り劣（をと）りはなきやうなれども中（なか）にも『杉木立（すぎこだち）』が最（もつと）も好（よし）と思（おも）ひぬ杉（すぎ）の立木（たちき）の間（あひだ）に細（ほそ）き道一筋（みちひとすぢ）ありて先（さき）は阪（さか）になり今（いま）しも行人（かうじん）二人下（にんくだ）り行（ゆ）かんとす日（ひ）は午（ご）を過（す）ぐる二三時（じ）の頃（ころ）ならんか遠（とほ）く見下（みほろ）す丘（をか）は淡（あわ）く罩（こ）められて幽陰（ゆふいん）の気転（きうた）た迫（せま）るものあり日光（につくわう）を受（う）けざる杉（すぎ）の幹（みき）と叢（くさむら）よりも遠（とほ）き空（そら）の色（いろ）めでたしと見（み）たり＠和田英作氏（し）に同（おな）じ様（さま）したる婦人（ふじん）の絵（ゑ）二葉（えふ）あり一は『婦人読書（ふじんどくしよ）』と題（だい）し他（た）は『編物（あみもの）』と名（なづ）くいづれも同（おな）じ模型（もけい）ならずやと見（み）ゆれど絵（ゑ）としては編物（あみもの）のかた優（すぐ）れたらずや薄（うす）き窓掛（まどかけ）を透（とほ）す光（ひかり）のはきとせぬあたりにて糸（いと）の玉（たま）を膝（ひざ）に偏（ひたす）ら編（あ）む糸（いと）にのみ見入（みい）りたる総（そう）じて朧（おぼろ）なる描法（べうはふ）の愈々引立（いよいよひきた）つが如（ごと）し『月（つき）』と題（だい）したるも好（よ）し月光（げつくわう）を浴（あ）びし屋根（やね）の白（しろ）きと描（ゑが）き出（だ）されたる空（そら）の色（いろ）と靄（もや）の早（は）や覆（おほ）はんとするとは場中夜（ぢやうちうよ）を描（ゑが）きし絵（ゑ）の中（うち）にて之（これ）と山本氏（やまもとし）のと最（もつと）も好（よし）と思（おも）ふ草（くさ）の尚（な）ほ緑色（りよくしよく）を呈（てい）しつゝあるは夕月（ゆふづき）なればならんか＠森川松之助氏（し）の『曇（くも）り』と『紅葉（もみぢ）』は対幅（たいふく）となすべし一は春（はる）の終（をは）りかたの野道（のみち）に子守女（こもりをんな）の佇（たゝず）む絵（ゑ）にして他（た）は紅葉（もみぢ）したる広場（ひろば）に掛茶屋（かけちやや）をあしらひたるなりいづれを好（よし）と問（と）はゞ紅葉（もみぢ）の紅（あか）きに日影（ひかげ）さして樹（き）の影落葉天（かげおちばてん）も地（ち）も悉（ことごと）く紅葉（もみぢ）したるが如（ごと）く見（み）ゆるを優（すぐ）れたりとせん＠小林萬吾氏（し）に『波（なみ）』四面（めん）あり最（もつと）も大（だい）なるは波（なみ）の勢（いきほひ）よく描（えが）かれたれども布置（ふち）より見（み）れば百一号（がう）の小（ちいさ）きを最（もつと）も絵（ゑ）に叶（かな）ひたりとなすを得（う）べし＠中沢弘光氏（し）の『箱根（はこね）の山駕篭（やまかご）』は大（おほい）なる絵（ゑ）にて駕手（かごかき）の煙草喫（たばこす）ひつゝ息（やす）む傍（かたはら）に茶屋女二人（ちややをんなふたり）の在（あ）るなり茶屋（ちやや）のかゝり稍々明瞭（やゝめいれう）を欠（か）き後向（うしろむき）の女（をんな）は好（よ）けれども立（た）ちたるはいかゞ又駕手（またかごかき）の足浮（あしう）きて見（み）ゆ瀧（たき）も余（あまり）に近（ちか）く岩（いは）の上（うへ）に咲（さ）く白百合（しらゆり）は三人（みたり）の頭上（づじやう）に咲出（さきいで）しかとも怪（あや）しまる色（いろ）また余（あま）りに明（あか）るく濃（こ）きの嫌（きらひ）あり氏（し）の水彩画（すゐさいぐわ）また同（おな）じ凡（すべ）て華（はな）やかなる描法（べうはふ）にして目覚（めさ）むれども余情（よじやう）に乏（とぼ）し寧（むし）ろ三百六十号（ごう）の小品（せうひん）に面白（おもしろ）き想（おもひ）あり＠湯浅一郎氏（し）には濃（こ）き明（あか）るき絵多（ゑおほ）く又最（またもつと）も異彩（いさい）を放（はな）つ新形式（しんけいしき）に富（と）む『葵橋（あふひはし）の雨（あめ）』は柳（やなぎ）よりも濡（ぬ）れそぼちたる客待車（きやくまちくるま）などに手腕（しゆわん）を見（み）るべく『燈火読書（とうくわどくしよ）』は美術学校展覧会（びじゆつがくかうてんらんくわい）にても見（み）たりと覚（おぼ）ゆ＠山本森之助氏（し）の『琉球首里（りうきうしゆり）の夕月（ゆふづき）』も場中（ぢやうちう）の逸品（いつぴん）たるべし古（ふる）き門（もん）の中（うち）を描（ゑが）きて塀（へい）の彼方（かなた）には鬱（うつ）としたる立木（たちき）あり鶏（にはとり）二羽餌（はえ）をあさりて門（もん）は半開（なかばひら）く晴（は）れたる空（そら）に小（ちいさ）き月一（つきひと）つ今（いま）しも淡（あは）き白（しろ）き雲（くも）より洩出（もれいで）しなり寂（せき）として人語（じんご）なきやうなる境夜（さかひよ）の幕（まく）の漸（やうや）く垂（た）れ来（きた）らんとする趣（をもむき）の見（み）ゆと言（い）はんも強（あなが）ち過賞（くわしやう）の辞（ことば）にあらざるべし
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