| 白馬会（はくばくわい）が裸体画（らたいぐわ）を出品（しゆつぴん）してから裸体画（らたいぐわ）の事（こと）に附（つ）き色々議論（いろいろぎろん）をする人（ひと）もある様（やう）で美術界（びじゆつかい）の一問題（もんだい）となつた様（やう）ですが私（わたくし）ハ固（もと）より美術家（びじゆつか）で無（な）いから技術的（ぎじゆつてき）から観察（くわんさつ）することハ出来（でき）ないですが御承知（ごしようち）の通（とほ）り以前美術学校（いぜんびじゆつがくかう）の校長（かうちやう）をした事（こと）もあるので少（すこ）しく思（おも）ひ附（つ）いた事（こと）もないでハない△質（じつ）ハ裸体画（らたいぐわ）のモデルも私（わたくし）が美術学校（びじゆつがくかう）の校長（かうちやう）をして居（ゐ）た時分必要（じぶんひつえう）があると云（い）ふ事（こと）からして学校（がくかう）で使用（しよう）することを許（ゆる）したのです技術家（ぎじゆつか）が人体（じんたい）を描（えが）くにモデルの必用（ひつえう）ハ勿論人体（もちろんじんたい）の解剖（かいぼう）までも必要（ひつえう）があるのハ論（ろん）を俟（ま）たないですが併（しか）し専門家（せんもんか）にモデルや人体（じんたい）の解剖（かいぼう）までも必要（ひつえう）があるからとて直（たゞ）ちに裸体画（らたいぐわ）の公衆縦覧（こうしうじうらん）を許（ゆる）すことハ熟考（じゆくかう）する問題（もんだい）であろうと思（おも）ふのです△日本（にほん）にハ自（おの）づと日本（にほん）の習慣（しふくわん）もあり隋（したが）つて感情（かんじやう）に於（おい）ても外国（ぐわいこく）とハ異（ちが）ふのですから仏国（ふつこく）で如何（どう）であると云（い）つても其（そ）れを直（たゞ）ちに応用（おうよう）することハ無論出来（むろんでき）ない訳合（わけあひ）です△個人（こじん）としてハ私（わたくし）も裸体画（らたいぐわ）を見（み）て良（よ）い気持（きもち）ハせぬのです然（しか）し裸体画（らたいぐわ）の最（もつと）も得意（とくい）とする形（かたち）、色線（しきせん）の美（び）とか云（い）ふものと充分（じうぶん）に遺憾（ゐかん）なく顕（あら）はして居（ゐ）る妙画（めうぐわ）なれバ差支（さつしかへ）ハ無（な）いでしやうが果（はた）してこんな妙画（めうぐわ）があるかと云（い）ふと先（ま）ず少（すくな）いと云（い）はなけれバならぬ此（こ）の論法（ろんぱふ）で云（い）ふと中々我国（なかなかわがくに）などにハ公然公衆（こうぜんこうしう）の前（まへ）に出（だ）して風紀上有害（ふうきじやういうがい）の感情即（かんじやうすなは）ち極端（きよくたん）に云（いへ）バ鄙猥（ひわい）な考（かんがへ）などを起（おこ）さぬ妙画（めうぐわ）が果（はた）してあるでしようかよしあるとしても前（まへ）に云（い）つた感情及（かんじやうおよ）び習慣（しふくわん）などが異（ちがつ）て居（を）るのですから公平（こうへい）な脳髄（のうずゐ）を以（も）つて判断（はんだん）して少（すこ）しも風紀（ふうき）を害（がい）せぬと断言（だんげん）する画（ゑ）があるでしようか△此度（このたび）の問題（もんだい）になつた画（ゑ）などハ用捨（ようしや）なく云（い）ふと実（じつ）ハ婦女子抔（ふぢよしなど）にハ決（けつ）して見（み）せたくないのです……決（けつ）して一概（がい）に排斥（はいせき）するでハ無（な）いが……△又或（またあ）る方面（はうめん）から見（み）ると西洋（せいやう）の夜会（やくわい）などにも禮服（れいふく）として用（もち）ゆる衣服（いふく）にハ却（かへ）つて人体（じんたい）の上半部（うへはんぶ）の或（あ）る部分（ぶゞん）を顕（あら）はして居（ゐ）るのですからこれ等（ら）に附（つ）いて考（かんが）へて見（み）ると人体（じんたい）の或（あ）る一部（ぶ）を顕（あら）はすハ西洋（せいやう）では決（けつ）して差支（さしつかへ）が無（な）く否（い）な禮服（れいふく）に人体（じんたい）の或（あ）る部分（ぶゞん）を出（だ）して居（を）るのですが此等（これら）が我邦（わがくに）と習慣（しふくわん）の異（ことな）つて居（を）る点（てん）でせう△希臘（ぎりしや）などの如（ごと）く人体（じんたい）の美即（びすなは）ち体格（たいかく）ハ勿論姿勢（もちろんしせい）の事（こと）までも之（これ）が美（び）であると云（い）ふ標準（へうじゆん）を示（しめ）してこの方向（はうかう）に進（すゝ）むと云（い）ふハ無論必要（むろんひつえう）の事（こと）でありましよう詰（つ）まりタイプ、ヲブ、ビユーチーと云（い）ふ方面（はうめん）から論（ろん）ずれバ随分必要（ずゐぶんひつえう）もあるのです……が日本（にほん）で裸体画（らたいぐわ）を公衆（こうしう）の前（まへ）に展覧（てんらん）せしめるのハ時期（じき）が未（いま）だ早（はや）いと思（おも）ふのです
|
目次 |
戻る 
進む
