| 明後年大阪（みやうごねんおほさか）に開（ひら）く第（だい）五回内国勧業博覧会（くわいないこくゝわんげふはくらんくわい）の出品（しゆつぴん）も最早製作（もはやせいさく）に取懸（とりかゝ）る人（ひと）があるでせうが、萬一政府（せいふ）で絶対的（ぜつたいてき）に裸体画及（らたいぐわおよ）び裸体（らたい）の彫刻物（てうこくぶつ）ハ出品（しゆつぴん）を許可（きよか）せぬ方針（はうしん）を執（と）るならバ出品者（しゆつぴんしや）も裸体画（らたいぐわ）の製作（せいさく）を見合（みあは）さねバならぬのです、併（しか）し政府（せいふ）の方新（はうしん）ハ前（まへ）にも云（い）つた如（ごと）く一定（てい）して居（ゐ）ない様（やう）ですから、製作者（せいしやくしや）に取（と）つてハ誠（まこと）に迷惑（めいわく）な訳合（わけあひ）です、元来美術（ぐわんらいびじゆつ）と云（い）ふ上（うへ）から云（い）ふと無論立派（むろんりつぱ）な専門的（せんもんてき）のものですから、今回（こんくわい）のやうに局外者（きよくゞわいしや）から見（み）ると、別（べつ）に大臣（だいじん）の方新（はうしん）と云（い）ふでもなく、只所轄警察署長（たゞしよかつけいさつしよちやう）の考（かんが）へで左右（さいう）されてハ折角美術家（せつかくびじゆつか）が清新（せいしん）を篭（こ）めて数多（すうた）の時間（じかん）とそれに準（じゆん）ずる費用（ひよう）とを投（とう）じて出来上（できあが）つたものも今度（こんど）のやうな不幸（ふかう）に遭遇（さうぐう）すると今後熱心（こんごねつしん）に立派（りつぱ）なものを製作（せいさく）する美術家（びじゆつか）が少（すくな）くなる訳（わけ）です△私（わたくし）ハ裸体（らたい）が風俗（ふうぞく）を害（がい）すると云（いふ）よりハ却（かへつ）て衣服（いふく）を着（き）て居（ゐ）ても赤（あか）い蹴出（けだし）なぞを出（だ）して居（ゐ）たり、肌（はだ）を露（あら）はして居（ゐ）たりする方（はう）が却（かへ）つて風俗（ふうぞく）を乱（みだ）すものと考（かんが）へますから盛（さか）んにこれ等（ら）を取締（とりしま）らなければならぬと思（おも）ひます△今回（こんくわい）の白馬会出品裸体画（はくばくわいしゆつぴんらたいぐわ）の腰部（えうぶ）に布（ぬの）を覆（おほ）ふたのハ却（かへ）つて人（ひと）の好奇心（かうきしん）を喚起（くわんき）して驚（おどろ）くべき多数（たすう）の参観者（さんくわんしや）が日々入場（ひゞにふぢやう）する有様（ありさま）ださうです、斯（か）うなると折角警察署長（せつかくけいさつしよちやう）の注意（ちうい）も反対（はんたい）の結果（けつくわ）を見（み）る様（やう）な訳（わけ）でハ無（な）いかと思（おも）はれます＠△議論（ぎろん）ハ別（べつ）として今後如何（こんごいか）にすれバ＠最（もつと）も適當（てきたう）であるかと云（い）ふと、私（わたくし）の考（かんがへ）でハ美術製作品殊（びじゆつせいさくひんこと）に裸体画（らたいぐわ）の如（ごと）きものハこれを鑑定（かんてい）する機関（きくわん）を設（まう）けたら良（よ）かろうと思（おも）ひます、今（いま）の有様（ありさま）で見（み）ると我邦（わがくに）の所謂警察眼（いはゆるけいさつがん）なるものハ真（しん）に美術（びじゆつ）を了解（れうかい）してこれを判断（はんだん）する脳髄（のうずゐ）があるかと云（い）ふ事（こと）ハ疑問（ぎもん）ですから、立派（りつぱ）な脳髄（のうずゐ）を有（いう）して居（を）るものに判断（はんだん）をさせたいのです△併（しか）し又如何（またいか）に美術上必要（びじゆつじやうひつえう）でも社会一般（しやかいつぱん）の風紀（ふうき）を害（がい）することになると差（さ）し控（ひか）へねバならぬのですから、この釣合（つりあひ）を取（と）つて充分（じうぶん）に双方（さうはう）の便宜上円滑（べんぎじやうえんかつ）に行（い）つて偏（へん）することの無（な）い様（やう）に行（や）りたいのですそれにハ政府（せいふ）から相當（さうたう）の人（ひと）を指定（してい）して一の団体（だんたい）を設（まう）け＠△美術制作品鑑定（びじゆつせいさくひんかんてい）の機関（きくわん）＠にして貰（もら）ひたいのです△この団体（だんたい）の事（こと）に就（つ）いてハ私（わたくし）も考（かんがへ）を以（も）つて居（を）るのですが、その方法（はうはふ）ハ内務省（ないむしやう）で出版物（しゆつぱんぷつ）を審査（しんさ）をするが如（ごと）き権能（けんのう）と職責（しよくせき）とを以（も）つて一般（ぱん）の美術品殊（びじゆつひんこと）に裸体画（らたいぐわ）などに就（つ）いて判断（はんだん）したならバ只漠然（たゞばくぜん）たる認定（にんてい）と云（い）ふが如（ごと）き事（こと）でなく理由（りいう）のある判断（はんだん）を下（くだ）すことが出来（でき）るでしよう、又美術家（またびじゆつか）もこんな専門（せんもん）の団体（だんたい）で判断（はんだん）したものに対（たい）してハ決（けつ）して不満（ふまん）を懐（いだ）かず満足（まんぞく）して良（よ）い訳（わけ）です、日本（にほん）にハ外国（ぐわいこく）の如（ごと）く美術（びじゆつ）のアカデミーが無（な）いから止（や）むを得（え）ないが、若（も）しあるとすると今回（こんくわい）の如（ごと）き問題（もんだい）の起（おこ）つた時（とき）に判断（はんだん）を下（くだ）す場所（ばしよ）とすれバ良（よ）いと思（おも）ひます△学者社会（がくしやしやくわい）にも現（げん）に学士会（がくしくわい）があつてこの会（くわい）にハ立派（りつぱ）な学者（がくしや）が会員（くわいゐん）で斯道（しだう）の為（た）めに研究（けんきう）もし、講話（かうわ）もし、いろいろ発達（はつたつ）を謀（はか）るが如（ごと）く、美術界（びじゆつかい）にもこれと同様（どうやう）の団体（だんたい）があつたならバ甚（はなは）だ有益（いうえき）だろうと思（おも）ひます（正木氏の談終）
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