| 時これ十月、序三秋に属（ぞく）して、郊外（かうぐわい）の散策（さんさく）、公苑の遊渉、そゞろに風興（ふうけふ）の情（じやう）を暢（の）ぶるに宜き季節となつたので、例（れい）の通り美術の諸々の展覧会（てんらんくわい）は、妍を競ひて上野に開（ひら）かれることゝなつた。彫工会（てうこうくわい）の第十六回彫刻競技会（てうこくきやうぎくわい）は既に始まり、つゞいて五号館の方に、日月会（じつげつくわい）、無声会（むせいくわい）、美術院、絵画協会、白馬会などの展覧会（てんらんくわい）が、この月半ばごろから来月末にかけて開（ひら）かれるし、今年（こんねん）になつて新に出来た女子美術会も、初回（しよくわい）の展覧会を開（ひら）くかも知れぬとのことである。明治美術会は今年やらぬといふ代りに、京都の関西美術会（びじゆつくわい）の展覧会（てんらんくわい）に参同（さんどう）して盛に出品し、以て東京の白馬会と遥（はるか）に相対するといふ。何にせよ春秋（しゆんじう）二季の美術（びじゆつ）の展覧会（てんらんくわい）は年一年と盛大になつて行く勢である。＠かくの如く美術展覧会がますます盛になつて、どの会もどの会もみな繁盛（はんじやう）して、観客（くわんかく）もあれば物も売れるといふので、一そのこと、これを常住開会のものにしたならば善からうといふ考が浮かんで来る。生秀館（せいしうくわん）とやらだの、またはこのごろ始（はじ）めた吉沼時計店の常置展覧会（じやうちてんらんくわい）だのは、恐らくみな此処から思ひついたものであらうと考へられる。明治美術会も、去年（きよねん）まで永らく常設（じやうせつ）の展覧会を開いて居つた。その外の会（くわい）でも、金さへあれば列品館を建てる、常置（じやうち）の展覧会（てんらんくわい）を設けやうといふ企は、をりをり耳にすることである。＠さてこの企が、果（はた）して展覧会（てんらんくわい）として春秋二季位に開くものゝやうに、旨（うま）く行くかどうかといふことは、随分考へものではあるまいか。これはどうも旨く行きさうで行かないものであらうと思ふ。なぜかといふと、そのわけはいろいろある＠まづやかましい理屈（りくつ）で言へば、美術品（びじゆつひん）を観て感ずる情は、その物を始（はじ）めて観た時が一番深くて、それから二度三度と同じ物を観ると、だんだん興味感情（きようみかんじやう）が薄（うす）らいで来て、しまひには何とも感じないやうになつて来る。それだから常設展覧会（じようせつてんらんくわい）といふものは列品（れつぴん）を時々交代させなければ、一二度観た人は、またとは観に来なくなる。時々交代するならば、季節（きせつ）の展覧会を続（つゞ）けざまに開くやうなもので、同一列品の常設展覧会（じようせつてんらんくわい）ではない。パノラマでさへ、余り永く同（おな）じ画（ゑ）では入りが無くなる。芝居とても同じ戯題（ぎだい）は一月より長（なが）くはやらない。それに美術の展覧会などゝいふものは、矢張人気（やはりにんき）もので、今度は誰の新作（しんさく）が出（で）た大層面白（たいそうおもしろ）いさうだといふので、短（みじか）い会期（くわいき）の間に是非一度は見たい、また閉会後はまたと見難（みがた）いから、今一度見て置（お）かうといふ、言はゞ人気（にんき）で繁昌（はんじやう）するので、若しそれがのんべんだらりと何時（いつ）までゞも同じ物が列（なら）べてあるならば、何時でも見られるといふので、評判（ひやうばん）も立たぬといふ位のものである＠若しまた売れるに従ふて遣（や）つてしまふて、新しい物を列べるならば、それは商店（しやうてん）であつて、展覧会といふものではない。若（も）し名作（めいさく）が出たとて、直に売れゝば無くなるならば、世評（せひやう）にも上（のぼ）らず、また観に行いても間に合はず、と言ふて毎日（まいにち）は観に行けないから、自然買物（しぜんかひもの）の必要な人の外は行かぬことになる。即ち純粋（じゆんすゐ）の商店（しやうてん）勧工場に外ならぬもので、所謂展覧会の性質（せいしつ）は失ふてしまふ。工芸品（こうげいひん）ならまだしも立派（りつぱ）に商店も成り立たうが、純正美術品の需要は、需要者（じゆえうしや）が寧（むし）ろ直接に作者に求める方が善いから、この種の商店（しやうてん）が果（はた）して旨（うま）く行くかどうか、甚だ疑（うたが）はしい。需要者の方から見ても、かかる商店の必要（ひつえう）を感（かん）ぜず、また作者の方から見ると、観せるが主意（しゆい）の季節（きせつ）の展覧会に出すは善いが売るが目的（もくてき）となる常設の商店（しやうてん）には、余り出しともないことになりはすまいか
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