| ○白馬会（はくばくわい）＠さらバ我（わ）が美（うつ）くしき子（こ）のよわき子（こ）を掟（おきて）と＠あらバ永久（とは）に打（う）ち給（たま）へ＠此年（このとし）もまた十月より十一月に渉（わた）りて、白馬会（はくばくわい）の展覧会（てんらんくわい）を上野公園（うへのこうゑん）に観（み）ることを得（え）たり。方（まさ）に是（こ）れ黄花紅葉（くわうくわこうえふ）の気節（きせつ）、秋雨新（しうゝあら）たに霽（は）れたる日（ひ）、軽暖人（けいだんひと）に適（てき）して、男（だん）ハ竹杖木履（ちくじやうぼくり）、女（によ）ハ紫傘錦靴（しさんきんくわ）、出（い）でゝ都（みやこ）の市（いち）を往（ゆ）くに、快（こゝろよ）きこと陽春（やうしゆん）三月の如（ごと）し、諸君（しよくん）千百の好画屋（かうしよをく）に満（み）つるも、家人（かじん）を具（ぐ）して門（もん）を出（い）づるを躊躇（ちうちよ）する勿（なか）れ。自然（しぜん）の美（び）と芸術（げいじゆつ）の美（び）と、二（ふた）つの者併（ものあは）せて同時（どうじ）に諸君（しよくん）を慰（なぐさ）め諸君（しよくん）を教（をし）ふるハ、年（とし）に一（ひと）たび秋（あき）の上野公園（うへのこうゑん）に有（あ）り。今日（こんにち）の絵画美術（くわいぐわびじゆつ）に就（つい）て、最（もつと）も高（たか）き趣味（しゆみ）を発揮（はつき）し、最（もつと）も新（あた）らしき意匠（いしやう）を研究（けんきう）し、最（もつと）も進歩（しんぽ）したる運筆（うんぴつ）を伝（つた）ふる者（もの）を求（もと）めバ、白馬会諸氏（はくばくわいしよし）の作物（さくぶつ）ハ優（いう）に我（わ）が国（くに）の美術界（びじゆつかい）に独歩（どくほ）すと謂（い）ふべし、彼（か）の陳套（ちんたう）なる日本画（にほんぐわ）を根拠（こんきよ）とし漫（みだ）りに洋画（やうぐわ）めきたる様式（やうしき）を補綴（ほてつ）して、鵺（ぬえ）の如（ごと）き悪画（あくぐわ）を作（つく）り、楊然（やうぜん）二十世紀（せいき）の新画（しんぐわ）なりと称（しやう）して、無学（むがく）なる一時（じ）の俗尚（ぞくしやう）を惹（ひか）むとする美術院派（びじゆついんは）の如（ごと）きハ、固（もと）より比（ひ）して語（かた）るに足（たら）ず。諸君皆泰西（しよくんみなたいせい）の書（しよ）を読（よ）んで、文芸美術（ぶんげいびじゆつ）の鑑賞常（かんしやうつね）の人（ひと）に超絶（てうぜつ）す白馬会（はくばくわい）の名（な）が如何（いか）に日本（にほん）の美術史（びじゆつし）に印（いん）することの大（だい）なる可（べ）き乎（か）ハ、諸君（しよくん）の夙（つと）に予想（よさう）し期待（きたい）せらるゝ所（ところ）ならむ。是少数（これせうすう）にして無勢力（ぶせいりよく）なるも、学問（がくもん）あり見識（けんしき）あり今（いま）の文芸家文芸鑑賞家（ぶんげいかぶんげいかんしやうか）の知（し）る所（ところ）、而（しかうし）て学識（がくしき）なく趣味（しゆみ）なきも、多数（たすう）にして勢力（せいりよく）ある今（いま）の官人（くわんにん）と民衆（みんしう）とハ之（これ）を解（かい）せず。如何（いか）に見（み）ずや、美術院派（びじゆついんは）の展覧会（てんらんくわい）に塵集（じんしう）し到（いた）る者（もの）にハ、顕官（けんくわん）あり、華族（くわぞく）あり、豪商紳士（がうしやうしんし）あり、代議士（だいぎし）あり、高僧（かうそう）あり、巨農（きよのう）あり。百幅（ぷく）の悪画（あくゞわ）、一幅数（ぷくす）百金（きん）を価（あたひ）するも、能（よ）く立所（たちどころ）に購（あがな）ひ去（さ）らる。之（これ）に反（はん）して白馬会（はくばくわい）に来（きた）る者（もの）ハ寥々（れうれう）として稀（まれ）、纔（わづ）かに少数（せうすう）の詩人（しゞん）、学者（がくしや）、美術家（びじゆつか）、学生等（がくせいら）の出入（しゆつにう）するを見（み）るのみ。而（しか）も渠等（かれら）ハ年毎（としごと）に諸氏（しよし）の苦心愈々著（くしんいよいよいちぢる）しく、技巧愈々進（ぎかういよいよすゝ）める此新美術（このしんびじゆつ）の前（まへ）に立（た）ちて、恍惚（くわうこつ）として垂涎（すゐえん）し、踵（きびす）を廻（かへ）すを忘（わするゝ）に至（いた）るも、皆空嚢無銭（みなくうなうむせん）の人（ひと）、一葉（えう）の小画（せうぐわ）も猶購（なほあがな）うて画家（ぐわか）に報（むく）ゆる能（あた）はず。今（いま）の国人（こくじん）の美術保護（びじゆつほご）と謂（い）ふ者（もの）、何（なん）ぞ彼（かれ）に厚（あつ）くして此（これ）に薄（うす）きの甚（はなはだ）しきや。然（しか）れども文芸趣味（ぶんげいしゆみ）の劣等（れつとう）なる国民（こくみん）に於（おい）てハ、是理由（これりいう）なきに非（あら）ず、猶忍（なほしの）ぶべし。此（こゝ）に諸君（しよくん）をして浩歎（かうたん）を発（はつ）しむべき怪事（くわいじ）あり、白馬会今秋（はくばくわいこんしう）の展画中（てんぐわちう）、数幅（すふく）の裸体画（らたいぐわ）に向（む）かつて政府（せいふ）が加（くは）へたる侮辱（ぶじよく）を如何（いか）にす可（べ）きや。政府（せいふ）ハ裸体画（らたいぐわ）を以（もつ）て猥雑（わいざつ）なりとし、命（めい）じて半身（はんしん）を掩（おほ）はしめたり。今（いま）の官人何（くわんじんなん）ぞ無学（むがく）にして肉慾（にくよく）の過敏（くわびん）なるや。芸術（げいじゆつ）の神聖（しんせい）を以（もつ）て誨淫（くわいいん）の感（かん）を為（な）し、之（これ）に擬（ぎ）するに風俗壊乱（ふうぞくゝわいらん）の法條（はふでう）を以（もつ）てす。是今（これいま）の美術界（びじゆつかい）を侮辱（ぶじよく）する者（もの）に非（あら）ずして何（なん）ぞ。顧（おも）ふに明治政府（めいじせいふ）ハ、文芸（ぶんげい）の上（うへ）に、屡々同一（しばしばどういつ）の暴状（ばうじやう）を加（くは）へて耻（は）ぢざる政府也（せいふなり）。恰（あたか）も昨秋（さくしう）の此頃（このごろ）、政府（せいふ）ハ我（わ）が主幹（しゆかん）する一雑誌（ざつし）の発売（はつばい）を禁（きん）じたりき。理由（りいう）とする所（ところ）を聞（き）けバ、仏国名人（ふつこくめいじん）の手（て）に成（な）れる二葉（えふ）の裸体画（らたいぐわ）を挿（はさ）みたるに因（よ）りし也（なり）。我即（われすなは）ち一文（ぶん）を草（さう）して、其暴状（そのばうじやう）を時（とき）の内務大臣博士末松氏（ないむだいじんはかせすゑまつし）に詰（なじ）りしも、氏（し）ハ黙（もく）して答（こた）へざりき。今回（こんくわい）の暴状（ばうじやう）また昨秋（さくしう）の事（こと）と異（ことな）らず、諸君（しよくん）、我等（われら）ハ猶之（なほこれ）をしも忍（しの）ばざる可（べ）からざる乎（か）。昨我（さくわれ）ハ美術学校長正木直彦氏（びじゆつがくかうちやうまさきなほひこし）に諮（はか）つて云（い）へり、是正（これまさ）に貴下（きか）が職責（しよくせき）より見（み）るも、政府（せいふ）と争（あらそ）ふ可（べ）き問題也（もんだいなり）。且（か）つ之（これ）に由（よ）つて官民（くわんみん）の美術眼（びじゆつがん）を啓発刷新（けいはつさつしん）す可（べ）き好機会也（かうきくわいなり）、貴下真（きかしん）に美術界（びじゆつかい）の発達（はつたつ）を慮（おもんばか）つて、政府（せいふ）の暴状（ばうじやう）に憤（いきどほ）らバ、一校長（いつかうちやう）の官（くわん）の如（ごと）きハ何（なん）の値（あたひ）ぞ速（すみや）かに之（これ）を賭（と）して政府（せいふ）に抗（かう）せよと。諸君（しよくん）、我（われ）の正木氏（まさきし）に与（あた）へたる忠告（ちうこく）に異論（いろん）ありや。此（かく）の如（ごと）きハ白馬会（はくばくわい）の画家（ぐわか）を以（もつ）て教授（けうじよ）とせる美術学校（びじゆつがくかう）の校長（かうちやう）として、至當（したう）の挙措（きよそ）に非（あら）ざるか。然（しか）れども今（いま）の文部省（もんぶしやう）ハ上田（うへだ）、沢柳（さはやなぎ）の文部省也（もんぶしやうなり）、勢利（せいり）に阿諛（あゆ）する者能（ものよ）く仕（つか）ふるを得（う）べし。正木校長新（まさきかうちやうあら）たに職（しよく）に就（つい）て令名（れいめい）あるも、果（はた）して輿望（よばう）に乖（そむ）かず、政府（せいふ）と争（あらそ）ふの▲骨有（かうこつあ）りや否（いな）や。嗚呼諸君（あゝしよくん）、我美（われうつ）くしく気高（けだか）き芸術（げいじゆつ）の天使（てんし）ハ、長（とこしえ）へに如此（かくのごと）く小（ち）ひさく弱（よわ）く、迫害（はくがい）の鞭（むち）に堪（た）へざる薄幸（はくかう）の児（じ）なる可（べ）き歟（か）。
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