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白馬会関係新聞記事 第4回白馬会展

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白馬会展覧会(はくばくわいてんらんくわい)(二)
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| 雪丸、夏雄 | 読売新聞 | 1899/11/14 | 3頁 | 展評 |
△小林氏の作中(さくちう)から巴里出品(ぱりーしゆつぴん)が二枚(まい)ある。その中(うち)で、『漁浦(ぎよほ)の晩景(ばんけい)』ハ、余程考(よほどかんが)へても見(み)たが、如何(どう)しても感服(かんぷく)が出来(でき)なかつた。それに反(はん)して『夕(ゆふ)の森(もり)』ハ静(しづ)かな淋(さび)しさうな、しんめりとした中々(なかなか)の好作(かうさく)である。@これも同(おな)じ筆者(ひつしや)の『魚(うを)もらひ』ハ、最(もつと)も明(あか)るい画(ぐわ)として喜(よろこ)ばせたが、其(その)六人許(にんばかり)の人物(じんぶつ)が、各無理(おのおのむり)に立(た)たせて、作(つく)りつけた様(やう)な、気障(きざ)な処(ところ)が多(おほ)いと共(とも)に不感服(ふかんぷく)だ。『にものゝ支度(したく)』ハ其画題(そのぐわだい)が気(き)に入(い)つた。@△高木氏の『風景(ふうけい)』ハ、ほんの一寸(ちよつと)した画(ゑ)だが、見(み)る程(ほど)それが磯山(いそやま)の静(しづ)けさを語(かた)つてる様(やう)だ。遠方(えんぽう)でハ波(なみ)が白(しろ)く砕(くだ)けて居(ゐ)る。@△森川氏の『漁村(ぎよそん)』ハ、白馬会中(はくばくわいちう)また一癖毛色(ひとくせけいろ)の変(かは)つた筆法(ひつはふ)、個様(かやう)なのは何画(なにぐわ)と申(まを)すか、僕等(ぼくら)ハ一向不案内(かうふあんない)だ。だが、去年(きよねん)の秋(あき)のマリ、カセツトのだと思(おも)ふが、其(その)パステル画(ぐわ)に似(に)て非(ひ)なるものだ。@△白瀧氏の中(うち)で最(もつと)も面白(おもしろ)いのが、『蓄音器(ちくおんき)』と『帰牧(きぼく)』だらう。その『草刈童(くさかりわらべ)』ハ妙(めう)に考(かんが)へこんでる様(やう)な、憂鬱(いうゝつ)な子供(こども)だ。@『蓄音器(ちくおんき)』ハ、色(いろ)の具合(ぐあひ)に、これハと思(おも)ふ無理(むり)な処(ところ)もある様子(やうす)だが、中々(なかなか)の傑作(けつさく)だ。別(べつ)して男(をとこ)の児(こ)と、これから聴(き)かうとして居(ゐ)る真中(まんなか)の少女(せうぢよ)とが最(もつと)もよく画(か)いてある。夏(なつ)らしい画(ゑ)さ。@『帰牧(きぼく)』ハ夕(ゆふ)ぐれの静(しづか)さが溢(あふ)れて居(ゐ)る。野寺(のでら)の鐘(かね)の音(ね)でも響(ひび)いてる様(やう)だ。が、西洋臭(せいやうくさ)い画(ゑ)さ、勿論油絵(もちろんあぶらゑ)だけれど。@△三宅氏の水彩画(すゐさいぐわ)ハ、凡(す)べてが感服(かんぷく)。せめて水彩画(すゐさいぐわ)も、この位(くらゐ)に画(か)けたら愉快(ゆくわい)だらうと抔(など)と、愚(ぐ)にもつかぬ事迄思(ことまでおも)ひ出(だ)させた。其(その)二枚(まい)の『肖像画(せうざうぐわ)』も水彩画(すゐさいぐわ)として、これ迄(まで)に画(か)き上(あ)げたのハ、一方(かた)ならぬ苦心(くしん)だらうよ。『近郊(きんかう)』『玉川(たまがは)の雨後(うご)』『巴里(ぱりー)の市端(まちはづ)れ』等(とう)ハ、特別(とくべつ)に注意(ちうい)を引(ひ)いた。中(なか)でも『ハンプステツドの夕陽(せきやう)』ハ白眉(はくび)の作(さく)だ。『札幌(さつぽろ)の森(もり)』ハ厭(いや)な気障(きざ)な色具合(いろぐあひ)だが、水(みづ)に写(うつ)つた森(も)の様(さま)に、得(え)もいはれない私語(さゝやき)がある様(やう)だ。五十に近(ちか)い多(おほ)くの画(ぐわ)、一として佳作(かさく)ならぬハない。@△佐野氏の石膏(せきかう)の『第(だい)六師団戦勝紀念標(しだんせんしようきねんへう)』ハ頗(すこぶ)る御手間(おてま)のかかつた、苦心(くしん)の製作(せいさく)には相違(さうゐ)あるまいが、三人(にん)の人物(じんぶつ)ハ生人形(いきにんぎやう)の様(やう)で感服出来(かんぷくでき)ない。又(また)その顔(かほ)がよく似(に)てるので、兄弟(きやうだい)かしらん抔(など)と余計(よけい)な心配迄(しんぱいまで)させられた。台ハ三枚(まい)つゞきの日清戦争(につしんせんさう)の絵草紙(えざうし)も、これよりハ気(き)がきいてる。

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