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黒田清輝君（くん）の大作（たいさく）は一群の男女に向ひて山僧物語をなす図なり。此画（このゑ）はこれまで展覧会（てんらんくわい）にて観（み）たる風景（ふうけい）なり人物（じんぶつ）なりの一部分（ぶゞん）の写生画（しやせいぐわ）とは事変（ことかわ）りて眼新（めあたら）しく感（かん）じた、此人（このひと）の出（だ）した画（ゑ）は数多（かづおほ）けれど此画（このゑ）のみは普通（ふつう）の油絵（あぶらゑ）の約束（やくそく）を外（はづ）れて物（もの）の配置（はいち）や線（せん）の組合（くみあは）せをおもな條件（ぜうけん）とし、これに施（ほどこ）した彩色（さいしき）は配色（はいしよく）の調和（てうわ）をはかり濃淡（のうたん）の度（ど）を軽（かる）くしたものと思（おも）はれる、それゆへ実際（じつさい）を見（み）たる如（ごと）き感（かん）じは起（おこ）らず能（よ）く画（ゑ）たるの趣（おもむき）を味（あじあ）ふことが出来（でき）る。人物（じんぶつ）の箇々（こゝ）の姿勢（しせい）と其組（そのく）み立（た）てとは充分（じうぶん）の練磨（れんま）をなしたるものと覚（おぼ）しく誠（まこと）に申分（まをしぶん）なく出来上（できあが）つた。色（いろ）は変化（へんくわ）に富（と）み近（ちか）いところに強（つよ）き赤色（せきしよく）をつけて背面（はいめん）の緑色（りよくしよく）に対応（たいおう）させたるなど注意（ちうい）の届（とゞ）いて居（を）る。また線（せん）の上（うへ）からいへば前（まへ）の人物（じんぶつ）を置（お）きたる地（ち）の面（めん）と背後（はいご）にある門（かど）や山（やま）の端（は）の面（めん）とは遠近法（ゑんきんはふ）のとり方（かた）を違（ちが）へて空（そら）の余地（よち）を与（あた）へ建物（たてもの）の勾配（かうばい）を和（やは）らげ線（せん）の調和（てうわ）に苦心（くしん）したるところがある、兎（と）に角装飾的人物画（かくさうしよくてきじんぶつぐわ）としてこれ程（ほど）の出来栄（できばえ）があれば作家（さくか）も骨折甲斐（ほねをりかい）があるといつていゝ。前（まへ）の画（ゑ）の側（そば）にかけた木の下に女の臥たる図は木（こ）の葉（は）の繁（しげ）りたるさまやそれを透（すか）して草（くさ）の上（うへ）に強（つよ）き日光（につくわう）のきれたる具合（ぐあひ）は中々（なかなか）いゝ。併（しか）し何（なん）の意味（いみ）もない画（ゑ）だ、着物（きもの）の白（しろ）く且新（かつあた）らしくて百合（ゆり）の花（はな）に麦藁帽子（むぎわらぼうし）などのあるを見（み）れば別荘住（べつさうずま）ひの都人（とじん）らしいがさりとて薪（まき）を背負（せお）ふ遊具（ゆうぐ）に枕（まくら）したれば正（ただ）しく農家（のうか）の女（をんな）に違（ちが）ひない、それとしては仕事（しごと）に疲（つか）れて木蔭（こかげ）に休（やす）らふといふ趣見（おもむきみ）ゑず、全体（ぜんたい）百姓（せう）の女（をんな）が百合（ゆり）の花（はな）などを折（を）りて楽（たのし）むやうな暇（いとま）はないものだそんな呑気（のんき）な生活（せいかつ）を写（うつ）せば労業者（らうげふしや）の意味（いみ）はなくなる。少女の竿を木の枝にかける図は全体（ぜんたい）の色（いろ）がどろりとして日（ひ）なたの力（ちから）が足（た）らず人物（じんぶつ）が後景（うしろかげ）より明（あき）らかに離（はな）れない、しかしのびあがつて高（たか）きところに竿（さを）をかける姿勢（しせい）は一寸（ちよつと）いゝ。＠ヲルタア、グリフヰン氏（し）の肖像はインプレツシヨン流（りう）の描法（べうはふ）にて細（こま）かに血色（けつしよく）の鮮（あざや）かなところを画（ゑが）き潤沢（じゆんたく）に顔料（がんれう）をつけて重（おも）くならずまた面（おもて）の骨相（こつさう）の頽（くづ）さゞる力量感服（りきれうかんぷく）の至（いた）りだ。浴衣（ゆかた）の襟（ゑり）つきのあやしげなのは日本の衣服（いふく）を見（み）なれぬ外国人（ぐわいこくじん）のことだから是非（ぜひ）ない訳（わけ）としてその白（しろ）き浴衣（ゆかた）と白（しろ）き背面（めん）との釣（つ）り合（あい）を誤（あやま）らなかつたは手際（てぎは）なり。外国の村落の景は遠近（えんきん）の別（べつ）などにかゝわらずに色（いろ）の調和（てうわ）を主（しゆ）とした画（ぐわ）で日本画（にほんぐわ）の長処（てうしよ）をとつてよく春（はる）の心理的興趣（しんりてきけうしゆ）を述（の）べた事は何（なん）ともいはれぬ妙味（めうみ）がある。たゞ濃淡（のうたん）といふことが習慣上頭（しうくわんぜうあたま）を離（はな）れない外国人（ぐわいこくじん）なれば物（もの）の輪廓（りんくわく）を思（おも）ひ切（き）つて鮮明（せんめい）にやらなかつた丈（たけ）が惜（をし）かつた。＠小林萬吾君（くん）の馬かたの図は大体（だいたい）は難（なん）がないが人物（じんぶつ）のかき方（かた）の硬（こは）いのと馬（うま）の足元（あしもと）の覚束（おぼつか）ないとが欠点（けつてん）だ。雨（あめ）あがりのさまは地面（ぢめん）にも草（くさ）の色（いろ）にもまた遠景（えんけい）と空（そら）の様子（やうす）にもよく見（み）ゑて居（ゐ）る。＠矢崎千代治君（くん）の池の端の景は一寸器用（ちよつときよう）な出来（でき）だ暮（く）れあひの人通（ひとゞほ）りを甘（うま）く写（うつ）してある、柳（やなぎ）の木（き）はあまり無茶苦茶（むちやくちや）で箒（はゝき）を立（た）てたやうだ。赤松麟作君（あかまつりんさくくん）の少女書を読む図は色（いろ）はちときたならしいがしつかりした真面目（まじめ）な画（ぐわ）で趣（おもむき）も取（と）れて居（ゐ）る。＠北蓮蔵君（くん）の景色では三百十六号、三百十七号、三百二十号の三（みつ）つはかき方（かた）がゆたかに色（いろ）も至極鮮（しごくあざ）やかで落（おち）ついて居（ゐ）る但（たゞ）し前景（ぜんけい）に筆（ふで）が足（た）りない。＠中沢弘光君（くん）の水画（すゐぐわ）不忍の雪の景は雪（ゆき）のとけかゝつた色（いろ）が中々（なかなか）よく出（で）て居（ゐ）る、これが解（と）けてしまわない内（うち）に一杯（ぱい）やりたいやうな心地（こゝち）をさせる。（完） |
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