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長原孝太郎君（くん）の肖像は洋学（やうがく）の率先者（そつせんしや）たる神田翁（をう）の温厚（をんこう）なる風采（ふうさい）を写（う）すに親切（しんせつ）なる描法（べうはふ）を以（もつ）てしたるなれば翁（をう）を知（し）りたる者（もの）にとりては何（なん）ともいへぬ感懐（かんくわい）を起（おこ）さしむ、ありふれたる写真的肖像（しやしんてきせうざう）の類（るゐ）にはあらで、たゞ形（かたち）を写（うつ）すに止（とゞ）まらず能（よ）く其人（そのひと）の性格（せいかく）を発揮（はつき）したる作（さく）なり但（たゞ）し位置（ゐち）の上（うへ）よりは顔（かほ）の部分（ぶゞん）やゝ下（した）に寄（よ）りて上部（ぜうぶ）の余地（よち）が額面（がくめん）の大（おほい）さに比（くら）べて広（ひろ）すぎるといふ難（なん）を免（まぬが）れない。＠久米桂一郎君（くん）の草原に農夫の立てる図は暮（くれ）あひのさまは空（そら）の色（いろ）や遠樹（ゑんじゆ）の調子（てうし）よりも寧（むし）ろ前景（ぜんけい）の細草（ほそくさ）と地面（ぢめん）により写（うつ）されたるを覚（おぼ）ふ詳密（せうみつ）な筆（ふで）を用（もち）ゐて全体（ぜんたい）の調和（てうわ）を失（うしな）はぬところが妙（めう）なり。同（おな）じ人（ひと）の作（さく）にてわが面白（おもしろ）く見（み）たるは遠景に富士ある海辺の景なり色（いろ）もかき方（かた）も極（きは）めて細（こま）かに且鮮明（かつせんめい）なるがさりとてきわ立（た）ちて眼（め）にさわることなし兎角洋画（とかくやうぐわ）は陰陽濃淡（ゐんやうのうたん）の調（てう）を劇（はげ）しくして物（もの）のさまの目立（めだ）つやうなやり方（かた）が多（おほ）いが白馬会（はくばくわい）の画（ゑ）は斯（かゝ）る法（はふ）によらぬものと見（み）へ我々（われわれ）日本人（じん）の眼（め）には至極穏（しごくおだ）やかでいゝ取（と）り分（わ）け此画（このゑ）は淡泊（たんぱく）なる調子（てうし）に加（くは）へてよく日本の透明（とうめい）なる空気中（くうきちう）のさまを画（ゑが）いて居（を）る此風（このふう）は今日修業中（こんにちしゆげふちう）の技芸家（ぎげいか）には強（しひ）て勧（すゝ）むたきにあらざれど日本に於（お）ける洋画（やうぐわ）は日本の空気（くうき）に適（てき）したるものならでは賞（せう）し難（がた）し。＠小代為重君（くん）の船の図は軽（かろ）き筆（ふで）にて苦（く）もなく出来（でき）たところがいゝ硝子窓の側に立てる婦人の図は小品（せうひん）なれど味（あじ）あり色（いろ）もさつぱりとして人物（じんぶつ）の姿勢（しせい）にも活動（くわつどう）せるところありされど窓（まど）の外（そと）なる樹木（じゆもく）に赤黄色（あかきいろ）のものあるは花（はな）か実（み）か説明（せつめい）の欠（か）けたるを覚（おぼ）ふ＠メリ、カセツト氏（し）の小児を抱ける女は親子（おやこ）の情合（ぜうあひ）よくあらはれたる画（ゑ）にて筆（ふで）つかひの老練（ろうれん）なること二三の線（せん）にて指（ゆび）の趣（おもむき）を写（うつ）したるなど感服（かんぷく）だ併（しか）し背面（はいめん）の草（くさ）に射（さ）したる陽光（やうくわう）の色（いろ）が淡（うす）き故（ゆゑ）に日とは思（おも）はれずたゝ白（しろ）き草（くさ）が青（あを）き草（くさ）に雜（まじ）りて生（は）へたる如（ごと）く夏（なつ）の日影（ひかげ）の趣不充分（おもむきふじうぶん）なり。＠安藤仲太郎君（くん）の夕暮の海は空（そら）と水（みづ）との釣合（つりあひ）よく夕（ゆふ）なぎのさま心地（こゝち）よし座敷より見たる河原の図は前景（ぜんけい）に藤棚（ふぢだな）を出（だ）したる趣向（しゆかう）は日本風（ふう）なれど日本画（ゑ）の如（ごと）き遠近（ゑんきん）の別（べつ）を誤（あやま）ることなく洋画（やうぐわ）には珍（めづ）らしき図柄（づがら）の作（さく）なり色（いろ）が少（すこ）し淡（うす）過ぎたるが欠点（けつてん）ならんか。＠中村勝治郎君（くん）の作（さく）にては農家の図（づ）は配置（はいち）もよく動物（どうぶつ）も趣（おもむき）を添（そ）へたれど物（もの）の形明（かたちあきら）かならぬ所（ところ）あり。＠小西正太郎君（くん）の川畔の夕景の図（づ）は小（せう）なれども広（ひろ）き景色（けいしよく）の趣（おもむき）が見（み）へてよく中景（ちうけい）の木立（こだち）と遠山（ゑんざん）を隔（へだ）てたる夕空（ゆふぞら）の釣合（つりあひ）もたしかである。 |
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